2019.02.13

進む解体工事

D 真備にある私の会社には、本社をはじめ、第二事務所や倉庫など、色々と建物がある。

現在、その中で一番古い建物の解体を進めている。

ちなみに、この建物以外は再生すると決めて、それも現在進行中である。

久しぶりに一棟丸ごとの解体をするが、いつも解体時は、建築のはかなさ、無常を感じる。

無残にも叩き壊される建築。

建築を造る仕事をしている者が建築が破壊される行為を見ることは、やはり悲しいことだ。

これもこの建築が持つ運命。仕方のないことだが・・・。

建物が解体され、更地になるとこんなに広かったのか、といつも思う。

 今、真備ではそこらじゅうで解体工事がなされていて、本当に見晴らしが良くなった。あらゆるところで建物が歯抜けになり、スカスカだ。

公費解体は1000件以上の「待ち」の状態で、結局解体がされないと新しい建物も建たない。

解体を待っていて、どうしようもない、放置された空き家ばかりが目立つ。

復興は、どこか一軒が新築されて人が戻ってきて終わりではない。結局、地域のコミュニティーが回復しないとそこに住む意味がないのだ。

地域のコミュニティーとは結局、人との繋がり、ということだ。

たまに、車で真備近辺を見て回るが、まだまだ復興には時間がかかるな、というのが実感だ。

土手や河川の復旧工事も急ピッチで進んでいるのは見て取れるが、さしあったって、今年の夏までには、なんらかのメドをつけて欲しいものだ。

一年かけて復旧してきたものが、水の泡と化さないように・・・。

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2019.02.04

節分は一つの区切り

節分は運気が変わる一つの区切りである。新しい年の始まりである。

最近では「恵方巻を食べる日」ということになってしまっているのかもしれないが、私の家では昔からそんな風習はない。これもバレンタインデーなどと一緒の商業戦略であろうと思う。

節分明けとは、新しい年になることを意味する。建築の仕事をしていると、昔はほとんどの人が着工や引き渡しの日取りを気にした。私が独立した当時は、ほとんどのお施主様が、着工の日取りを見てほしい、と言われた。

建築吉日というのがあって、その見方も随分と勉強したものだ。ところが最近はめっきりとそういうことを気にされる方がいなくなった。

歴上、良くないという日があるのだが、二月三日節分は、全てオッケーと言われて、節分着工、または節分明け(二月四日立春)着工が集中することもあった。

また何かと「節分明けに」、とか「節分が明けたら大丈夫」とか言われたものだ。

今となってはあまり気にする人がいなくなった吉日だが、やはり節分明け着工はめでたい気がするし、気分もいい。

今年も、節分明け着工のお客様がおられますが、弊社の建物の一つも節分明けに解体に着工します。解体こそ関係ないと言われますが、何かと節分明けといういうのは気分的にも気持ちのいいものです。

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2019.01.07

新年、あけましておめでとうございます。

新年、あけましておめでとうございます。

昨年は、思いがけない水害被害にあい、本当に忙しい年でした。

多くの方にご支援を頂き、一歩ずつ、復旧に向けて前進しております。

ありがとうございます。

今春の完全復旧を目指しておりましたが、被災した建物も多く、また、職業柄、いい加減な復旧もできない、ということで、夏頃までには・・・・と思っております。焦りは禁物と思っています。

今年の夏で被災してから一年になります。その頃には、この真備町も、店舗、病院、インフラを含め、かなり元の状態に戻っているのではないかと期待します。

結局、地域コミュニティが復旧しないと、自分たちだけが元に戻っても、生活は成り立たないことを実感しております。

おかげさまで、本業の仕事、業務の方は、被災直後から、被災前と全く変わらない状態で行えております。

会社の業務に関わる、倉庫や重機、道具関係等々は完全に元に戻っておりますので、あとは建物の復旧だけです。

こだわらなければ・・・・もっと早く・・・とは思いますが、本社一階をショールームに改装したり、その他もこの機会にリフォームしたりと・・・・職業柄、だんだんとやることが過剰になってきます。

本業は今まで通りやりながら、復旧は少し腰を落ち着けて・・・と思っています。

全国で多くの方にご心配を頂き、古い友人、知人からも多くの心配のメールや電話など頂き、ある意味、災害があったから再会できた方もおられ、その点は良かったと思います。

今年はまさに復興の年となると思いますが、真備町全体が復興していって、また地域の皆様が早く故郷に帰ることができればいいなあと思っております。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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2018.11.08

遥照山の頂上にあるレストラン、絶景かな、、

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遥照山の頂上にある「ザ・ビュー瀬戸内」に行ってみた。

使われていなかった古いホテルをリニューアルし、今年七月七日にオープンしたとのこと。

ホテル併設のレストラン。

七月七日と言えば、まさにまさに、この度の豪雨災害のあった日。

大変な時にオープンされたのだなと、一番に思いました。

建物はいかんせんリフォームをしたとはいえ、古臭さは隠しきれない。ただ、中のレストランは、とてもこじんまりとしていて、好感が持てました。天井が低いので、どこかの家庭で食べているような感覚。そして、景色は絶景。ただこれが新築だったら、もっともっとこの絶景を生かした空間造りとしていただろうなと思いました。

料理の方は、一度食べてみる価値ありです。美食家の私が、太鼓判です。私は料理の中で、フレンチが一番好きで、超一流と言われるお店でも多く食してきましたが、ここの料理は、本格的で、地場の素材を厳選し、薄めの味付けで、とても体にも良い気がしました。価格もリーズナブルです。

もう一度来たい、と思いましたが、ちょっとドライブして食べに行く、という感じの距離ではないです。この山の上まで上がるのに狭い道もあり、運転が苦手な方はちょっと気合がいるかもしれません。

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2018.10.29

丹下健三氏と浦辺鎮太郎氏の作品が並ぶ街並み

D1巨匠、丹下健三氏が設計した、旧倉敷市庁舎。

現在の倉敷市美術館。久しぶりに訪ねてみた。

中に入ると、改めて思うが・・・・・コルビジェのパクリ(笑)。

(コルビジェとは、20世紀最も有名なフランスの建築家です)

この窓の深い切れ込みはまさに「ロンシャンの教会」を彷彿させる。

そしてこの赤、青、黄色等の原色の使い方も、コルビジェがよく使ったデザインである。

私は若かりし頃、二か月ほどフランスに滞在し、パリを中心にコルビジェの作品を実際に見て回った。

この時代、コルビジェは偉大でああり、1960年代は、これが許されたのであろう。

我々の世代も、直接的ではないが、コルビジェの影響を受けた先生方から、建築の師事を受けたので、結果的に、コルビジェの影響は大きいと言える。

特にコルビジェの著書は若い時、貪るように読んだのである。コルビジェの代表的な言葉に「機能と形は一致する」「住宅は住む機械である」・・・というような呪縛に、今でも心の奥底で縛られているのは事実である。

また、真っ白に塗られた一面のただの壁(笑)に美しさを感じてしまうのも事実である。

実際、意味のない、すなわち機能のないデザインの為のデザインをするとよく教授から、「このデザインに意味はありましたか?」というようなことをよく聞かれた。

いわゆるモダニズム建築の洗礼である。ポストモダンとなり、その後はなんでもありの建築業界であり、もちろん、私自身も機能を伴わないデザインをすることはたびたびあるが、実はいまだに心の中で少し良心が痛むのである(笑)。

そして、やはりいまだに、コルビジェからの安藤忠雄、槇文彦、谷口吉生・・・・といった直線を基調とした、シンプルなデザインをする建築家の作品が好きである。

ただ、住宅でそれをやると、たいがいは女性から嫌われる。住宅設計をやっていて、奥様に嫌われたら終わりである(笑)。やはり女性には、木を使った丸みのある、優しいデザインが好まれる傾向がある。

D2

このコンクリートのベランダ(笑)もコルビジェ。

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設計課題でやるような、シンプルな横梁の連続。

これだけばかしの梁の下部をわざわざのぞかせなくても、梁下に天井を張れば配線もできて楽なものを・・・わざわざ見せる。

私も木造でこれをよくやる。これはこれで美しいものだ。

ルイスバラガンの木造建築でもこの梁はよく見るが、彼もコルビジェの信者なのだろうか。

ただ、今見るとこれだけの大スパン吹き抜けを横梁だけ、しかも当時はプレストレスなどかけてない普通のRC梁だと思うが、耐震上大丈夫なのだろうか?と心配になった。

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玄関周りのリブ列柱。連続して美しいようであるが、見ようによっては冷たく、牢屋の縦格子のようにも見える。

ここからは、郷土倉敷を代表する建築家、浦辺鎮太郎氏の倉敷中央図書館。

浦辺氏は倉敷アイビースクエアの再生や、私の親戚でもあった旅館倉敷の再生、倉敷国際ホテル、今の倉敷市庁舎など、倉敷の代表的建物を設計した建築家である。

私は大学院の学生の時、教授から浦辺さんの事務所を推薦されていたので、日建設計に合格しなかったら、浦辺さんの事務所に入っていたかもしれない。

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鋼製の建具、サッシュ。

勿論、全て特注だが、近くで見るとコンクリート打ちはなしがうまくいかず、際をモルタルで塗りたくっているのが、痛々しく、苦労の跡がみえる。

ただ、自分の作品でもこういうリブや縦の上げ下げサッシュなどをよく使い、やはり若い時からいろんな建築を見て回り、気が付かないうちにその影響があるんだなあと思う。

建築をやっている人は、住宅設計しかしない人も、住宅メーカーが建てている建物やその辺のマンションだけではなく、名建築を見て回り、スケッチして勉強することをお勧めします。

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美術館と比べると、中はなんとなく温かみがあるデザイン。

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今日も倉敷川はいつもと変わらず穏やかに流れていた。

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2018.10.25

倉敷 屏風祭りと大原家本宅

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倉敷の旧家の所有している屏風を一般に公開する催し。

以前は単独でやっていたような気がするが、この阿知神社のお祭りに合わせて開催されるようになったのかもしれない。

庭先には生け花を飾られている旧家も多かった。花屏風ということか。

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装飾された鎧・兜を展示している家もあった。

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倉敷では有名な大原財閥。

倉敷中央病院や倉敷紡績、大原美術館などを作った、大地主、大金持ち。未だに倉敷駅近辺の一等地は大原家の借地が多い。


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その旧本宅。

金持ちここに極まれり、といった風情。

隣には緑御殿があり、倉敷川を挟んだ対面には大原美術館がある。

なんせ財をなした者は、美術館を作る。

金を持つと、美術品を買う。それが相当な数になる。結果、美術館を作る、というのも自然の流れか。

上記の写真はその宅地の中の景色である。まるで「街並み」である。これが、敷地内の景色なのである。こんだけ蔵を連ねて、何をそんなにため込んでいたのか?(笑)と思う。

そしてこの庭を見ながら当主は思索した、と説明書きが・・・。それはそれは大した金儲けのアイディアが湧いてきたであろう(笑)と思います。

もちろん大原家は倉敷の発展に多大な貢献をしたのは周知の事実。その美談は子供の頃からよく聞いてきたが、その裏にはこれほどの豪奢な生活があったんだと、妙にリアルに感じられた。

この旧本宅はずっと公開されておらず、いつも外から眺めていたが、最近公開されたらしく、500円の入場料を払って見学させていただいた次第だが・・・・

たぶんそのような贅沢な生活をしていたことを知られたくなくて、今まで公開しなかったのではないか?と思うのは邪推か(笑)。

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2018.10.22

大相撲総社場所を見に行きました。

A001先日、大相撲総社場所を見に行きました。

当日の客数は5000人とのことで、満員御礼です。

私はある方のご厚意で、最前列に近い場所で観覧することができました。

子供の頃から相撲ファンで、数年前の倉敷場所にも行きましたが、このように好きな力士に触れられるくらいの距離で観覧できたことに感謝です。

私は、大学の空手道部で副将を務め、その後も30年に渡り鍛錬、全日本空手道連盟公認二段の黒帯を持つ有段者です。

私自身、武道家、空手家の端くれと自負しております。

その目で相撲を見るとき、相撲とはある意味、最強の格闘技ではないか?と思ってしまいます。だいたい我々の渾身の正拳突きが彼らの中段に効くのか?(笑)ということです。

あの分厚い腹にどんな中段をぶち込めば彼らは倒れるのでしょうか?(笑)

そして力士が突進してきた時に、蹴りや突きをくり出したところで、現実にはどうにもならないのではないか?と思うのです。

相撲に興味がない方は、太った人が、押し合う(笑)、くらいなイメージかもしれませんが、実物を見ると、それが間違った認識で、力士の大きさと、そのぶつかり合いの迫力に驚くことでしょう。


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大好きな鶴竜。

亀に似ていて、とてもかわいい(失礼)(笑)ですが、小さな体でとても強いです。この日も、目の前を、行ったり来たりして、コメディな感じに見えて癒されます。ペットボトルを受け取る鶴竜。こういう場面も本場所では見られない、巡業だからこそです。

もう一人、好きな力士、栃ノ心。

この腕力。剛腕で強引に相手を釣り上げて勝つのは見ていて爽快。この日も何番もとっていました。

ご厚意により、大変良い場所で、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。

ありがとうございました。

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2018.10.10

台風21号の被災地大阪へ。災害は他人事ではない。

3週間ほど前の話だが、私は台風21号で被災した、私の恩人の家屋の復旧の為、大阪にいた。

テレビでは関西空港が使用できないほど被災した映像が繰り返し流れていた。

その後、すぐに北海道で地震があった為、ほとんど報道されなかったが、大阪の民家にも大変な被害が出ていたのだ。

大阪の私の恩人から、私が被災したことで、本当に心からのお見舞いのお言葉と励ましを頂いていたところだったが、まさかわずか一か月ほどで、恩人も、また同じように被災するとは思ってもみなかった。

この時ほど、災害はどこへ来るかわからないと、驚愕したことはなかった。わずか一か月で私がお見舞いの言葉を申し上げなければならなくなったのだ。

大阪は、大阪北部地震と台風21号によって瓦屋根が破壊され、ブルーシートのままの家が多く、地元の業者はパンク状態。ほとんどが修理は1年待ちという状況。恩人の家もそういう状況であった。

一報をいただき、取るものも取り敢えず

    「いざ、鎌倉」

との思いではせ参じた。

主人の一大事に駆け付ける武士の心境。

全てのことを後回しにし、段取りをつけ、スタッフを引き連れ、岡山から全て調達して高速を駆けた。

少しでも、いただいた御恩に報いたい、その一念だけ、それ以外の気持ちはなかった。

なんとか役を終え、安堵した。

その直後に再び台風24号が近畿地方を襲った。

   今の私があるのはその方のおかげ。

間に合って良かった・・・。

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2018.09.08

朗報:小田川治水工事に500億円!5年で完成!

国と倉敷市は小田川の治水工事に500億円を投じることを発表した。

れを待っていました!!

実は先日、倉敷市長が官房長官と面談し、市長は小田川の付け替え工事を早めること、小田川堤防の強化を要望した、という記事が出た。

真備から離れた人や離れようとしている人が、また真備に安心して住めると思えば戻ってくる人もいようし、また真備へ住もうと思う人も出てくるであろう。

その一番の基本が、早急かつ強力な治水対策であると、倉敷市長も理解していて、それを政府に要望したと。

それに対して政府はまた、「善処する」的な、しゃくし定規な対応でお茶を濁していると思っていたが・・・・。

この度、テレビで大々的に報道されたので、これは事実であろう。

今回の水害で、真備町では、5000棟の住宅が浸水し、52人が死亡した。原因は小田川およびその支流の氾濫である。

これに対し、元々あった、小田川氾濫の根本的原因の解消、すなわち、高梁川との合流点を変える、付け替え工事の計画を、本来工期10年のところを工期5年を目標に工事するということ。

そして来年の梅雨までに、現状の土手を完全復旧させる、というもの。

勿論、水害が起きる前に、前回の水害から40年以上も時間があったのだから、さっさとやっておけば、今回の水害は起こらなかった。マービーふれあいセンターやいきいきプラザや井原鉄道なぞの無用の長物を作る間にやっておけば、52人は死なずにすんだ。マービーふれあいセンターがなくても、誰も死なない。

そして、今回のことも、災害後もっと早くに国や倉敷市が大々的に発表していれば、我々被災民の気持ちも少しは落ち着いたであろうに、と思う。

とはいえ、私は久々にいい話を聞いた気がする。

先日はただ現況復旧しかしないようなことを言っていたので、真備にいる限り、不安は払しょくできないと思っていた。

工事に10年かかると言われたら、その間にまた洪水が起こるのではないかと思うが、5年と言えば、それは起こらないとは言えないが、ずい分印象は異なると思う。

それまでの報道は、工期短縮で努力するということだったが、今回は500億円を投入して、5年以内に完成させる、という具体的なことができてきたので前向きに捉えている。

こういう情報こそ、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌で大々的に報道されれば、住民も安心するし、風評被害の防止にもなろうし、真備が復興する一番の安心材料となると思う。

昨今の、どこぞの理事長や会長を見つけてきてはやり玉に挙げ、一般人の成功者へのひがみかやっかみか。そいつを引きずりおろしたって、自分の地位は上がりやしない。ただ留飲を下げたいだけのような、くだらない、馬鹿げた、どうでもいい話を延々と垂れ流す報道に何の意味があるのか。

もっと伝えなければいけないことはたくさんあるのではないか。

小田川治水、5年、500億円。

これで風向きは変わる、と強く思った。

今日はこのあたりで・・・。

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2018.09.06

匠たくみ~岡山のプロフェッショナル~記事をアップしました

先日、報告させて頂きましたが、山陽新聞で、私、小野明が、

匠(たくみ)~岡山のプロフェッショナル~

として紹介されました。

「小野コーポレーション」のホームページに記事をアップしましたので、

新聞をご覧になられていない方はぜひ、ホームページからご覧下さい。

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2018.09.05

誕生日に素敵な蘭を頂きました

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誕生日に素敵な蘭を頂きました。

お花に、ハッピーバースデーの文字とスワロフスキーばりの飾り物が!!!

そして包装も、私の大好きなゴールドとブラックの組み合わせ!!

感動しました!

今まで、ことあるごとに蘭やお花は頂いてきましたし、贈ることもしばしばですが、これほどゴージャスで、素敵な蘭は初めてです!

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一階に置かず、いつも自分が眺められる社長室へ飾らせて頂きました。

本当にありがとうございました。

ちなみに私の誕生日は、9月1日、防災の日です。

関東大震災があった日ですが、そのおかげ?か、

阪神淡路大震災火災、この度の大水害と、今までフルコースで経験をさせて頂きました。

ありがとうございます(笑)。

なかなかそういう人もいないかな、と思っております。

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洪水後の汚泥の消毒方法

洪水後の建物は一見綺麗に見えるが、壁の中、床下は、ヘドロ、汚泥で、見るも無残な状態になっている。

これは高圧洗浄機で何度も何度も洗うが、実はそんな程度で落ちる代物ではない。

この汚泥は、油や汚水やありとあらゆる汚いものが、混ざりあってできた、日ごろはお目にかかることのない、そして嗅いだことのない臭い、鼻をつく、異臭のする、稀有な「汚い物」である。

なんとかこれを極力綺麗にしたいと、誰しも思うであろう。

構造材を傷付けないように、丁寧に壁や床の内張りを撤去する。その後、洗浄、消毒、乾燥となる。

弊社、本社ビルは一階部分が浸水したが、今まで高圧洗浄で3回洗った。それでも落ちず、たわしで2度、3度、全ての壁や床を擦り洗いした。それでも完全には落ちない。

そして、一般にすすめられている消毒液「オスバンS」で二度消毒した。

それでもなかなか臭いは落ちてくれない。

そこで、登場したのがなじみ深い「キッチンハイター」である。ご存知の通り、これは木のまな板でも完全に除菌でき、また風呂にはびこる強力なカビも一発で綺麗になる。

ホームセンターで10本程度、液体と泡のキッチンハイターを買ってきて噴霧。噴霧だけではだめで数時間放置した後にたわしで擦る。

これを繰り返す。

ある程度これで菌が死のうから、臭いもだいぶ軽減される。

ここまでしておいて、その後は、乾燥の為、最低一か月以上、放置だ。

石鹸や洗剤で擦ることも考えたが、香料が入っており、その臭いが逆に残るのを嫌った。キッチンハイターは直後はすごい臭いだが、その後は完全に無臭になる。

色々と試してやってみるが、この苦労を考えたら建て替えたほうが早くて楽な気もするが、外観や二階以上はいたって綺麗で、元のままなので、己の作品でもあり、思い入れがある建物故、やはり「なおそうか」、という選択になる。

ただ、今後とりあえず現本社ビルを再生してみて、どうしても気に入らないなら、別の建物を建てようと思っている。

実はもう図面も引いてある(笑)。

誰よりも綺麗好きで、完璧主義の私が、これだけ完全に、洗浄・消毒をしたのだから、乾燥させれば、案外に臭いは退散しているかもしれない(笑)、と、期待している。

結果は最低一か月後だ。

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2018.08.30

8月31日付けの山陽新聞に私がプロフェッショナルとして紹介されます

明日、

8月31日(金曜日) 山陽新聞 朝刊で、

私、小野明が「プロフェッショナル」として紹介されることになりました。

機会があれば、ぜひご覧になって下さい。

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2018.08.25

新しい軽トラが二台入りました!

被災後すぐに注文していた軽トラが二台入りました。

ピカピカの新車です(笑)。

今までたくさん車を買ってきましたが、こんなに待ち遠しかったのはありません。

来月には2tダンプも二台入ってきます。災害直後に頼んでいて良かったです。今は当分品切れらしいです。

その他道具も、洗って使えるものは残し、ダメなものは処分し、新しいのを買って、倉庫の中もほぼ整理できてきました。  

復旧といえど、だんだん良くなるのは、楽しいものです。

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2018.08.17

本日から仕事再開しました

本日、お盆明け、仕事再開しました。

社員全員元気に出社致しました。

本日から新しいお客様のお仕事に着手させて頂きます。

かたや、復旧作業も再開致します。 

引き続き、頑張って参ります。

あれだけかんかん照りだったのに、急に涼しくなり・・・・

やはり異常気象を感じます。

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2018.08.11

明日からお盆休みです~スタッフのみんなと食事会~

本日、スタッフのみんなと会議の後、食事会をしました。

最近よく利用させていただいている「倉敷茶寮」様で、懐石料理を頂きました。

真備から車で15分と、大変近く、建物もお料理もとてもいいので、たびたび利用させていただいております。

今回のお盆は特別で、この一か月、仕事と復旧作業で一生懸命頑張ってくれたスタッフに感謝を込めて、ごちそうさせていただきました。

長かったような短かったような、いろいろな局面がありましたが、本当にスタッフはよくやってくれましたし、会社を思う気持ちがみんなの中に強くあることが、本当に嬉しかったし、頼もしかったです。

私は大企業に長く勤めた後、自分の会社を作り、人を雇いしてきましたが・・・ここまで家族的な関係は大企業にいたのでは味わえなかったな、としみじみ思いました。

いいものです。

私は本当にいい部下を持った。感謝しかありません。

また、周りの方々、業者の方々、今回、本当に弊社を一番に考えて下さり、最優先でいろいろなことをして下さいました。

本当に感謝し、今後、私という男は、必ずやそれに報いていくことをお誓いします。

おかげ様で、本社一階の復旧作業も順調に進んでおり、内壁、床の撤去を終えて、洗浄、そして薬品による消毒まで完了しました。

これにより汚泥の臭いもほとんど取れて参りました。水圧で割れた大判のガラスの入れ替えも終わっております。

後は、1~2か月乾燥させて、再度内壁を造っていきます。すぐにでも内装工事にかかりたいところですが、ここはぐっと我慢です。

お盆までに完工を予定していた仕事も無事全て完工し、綺麗なかたちでお客様にお引渡しすることができました。

またお盆明けからは新しいお客様のお仕事に入らせて頂きます。仕事は災害に関係なく滞りなく進んでおり、それが一番有難いことです。

明日から16日までお盆休みを頂きます。17日から通常通り、営業を再開させて頂きます。

スタッフ全員ゆっくりと休んで、英気を養い、盆明けからまた全力投球です。

お客様に喜んでいただける、最高の仕事をすること。

さらに、真備の完全復興に向けて頑張っていきますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

                 株式会社 小野コーポレーション

                          代表取締役 小野 明

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2018.08.08

NTT固定電話が復旧しました!

本日、会社のNTT固定電話が復旧しました。

ちょうど一か月です。

災害直後から、会社の事務業務、見積もり、設計、管理、現場進行等々、仕事自体は滞りなく行えて来ましたが、NTTだけは弊社の努力ではどうにもならないこと。

やっと、本日電話が通じました。

巨大企業NTTをもってしても電話復旧に一か月もかかったことが、この災害の深刻さを象徴しているように思います。

携帯電話やネットでなんとかなると言っても、やはり電話は

‘’会社の顔‘’

これでやっと通常通りの業務を行える体制が復旧したと言えると思います。

本社の一階は、未だ復旧作業のさ中ですが、できるだけ早期に全館リニューアルオープンと行きたいものです。

ただ、水害は乾燥させる時間が‘’肝‘’です。これが不十分だとあとあと弊害が出てきます。

電話も来たことですし、日常業務は災害前となんら変わらす行えていますので、一階部分は焦らず、丁寧に復旧して行こうと思います。

なんせ、この本社ビルも、私の建築家としての‘’作品‘’でもありますので、おろそかにしたくありません。

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2018.07.30

台風の影響はあまりありませんでした。

先日の台風の影響はほとんどありませんでした。

通常と異なるルートで東側からやってくるとのことで心配しましたが、ほとんど影響はありませんでした。

前日には現在動いている現場の養生や、被災した建物の養生でばたばたしました。

大洪水の後、全く雨が降らず、日照り、少し雨が降ってくれれば、と思っていたら、台風と、さんざんですが、あまり影響がなかったので良かったです。

今朝は昨日の雨のおかげで、道路や緑が綺麗になり、少し災害前の景色が戻ってきたような気がしています。

現在は、周りも家具の搬出作業や、掃除はおおむね終わり、内壁の撤去作業をしている家が多いです。内壁を撤去して、泥水に浸かった断熱材を出さないと、あとあと再生できなくなります。

弊社の本社も一階部分は現在内壁を撤去し、断熱材を引っ張り出しています。この建物は私自身が設計し、施工していますから、内容はよくわかっています。当時、私の考えうる最大の良法で施工していますから、その頑強さは、自分でやっておきながら閉口します。

「確かに、これだけしとけば、びくともしないだろうなあ・・・」なぞと、過去の自分の仕事に感心しながら作業を見ています(笑)。

頑強ゆえに、撤去も手間がかかりますが、仕方ありません。急がず丁寧にやっています。

取り合えず、内壁を撤去して、2~3か月は乾かさなければなりません。この内壁撤去作業が終われば、ひとまず、一段落です。

現在、一部社員は復旧作業に手を取られていますが、内壁撤去が終われば、社員全員が通常業務に戻れることになると思います。

あと一週間、というところでしょうか。

その後年内に内装のリフォームをして完成となります。

もちろん、本社二階で事務業務は滞りなく行われておりますから、急ぐ必要もありませんし、あとは業務を行いながら、納得のいくようにしっかり、じっくり、内装をやり替えていくつもりです。

とりあえず、毎日暑いので、社員みんなが体調を崩さずに、仕事に励みたいと思います。

災害から3週間たっていろいろなことが大方、元通りできるようになりました。災害復旧も仕事と一緒で、計画を立て、実行し、結果を出していくというプロセスをたどります。

元来の仕事好きの私は、こういう復旧作業も仕事モードで取り組み、結果が日々出て来ることを楽しんでいます。

またこういう時の社員とのやり取りで、

「私は本当にいい社員を持った」

と感動することも多い毎日です。

鉄壁の結束とはこのことか、と自画自賛ながら思っています。

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2018.07.25

久しぶりの更新になりました~西日本豪雨をうけて~

この度の、西日本豪雨で、倉敷市真備町は甚大な被害を受け、全国の友人、知人、お客様、業者様から多数のお問い合わせ、心配の電話やメールを頂きました。

ありがとうございました。

大変なご心配をおかけし、またブログ等でも発信ができず申し訳ありませんでした。

ただ、業務の方は、大洪水の二日後から再開しておりまして、受注させていただいているお仕事は順調に進行させていただいております。

本社は、一階が浸水しましたが、二階以上は無事で、電気・水道・下水道等も機能しており、業務に支障は生じておりません

また、このことを予測してではありませんが、二年前に開設した「倉敷事務所」も機能しており、助かっております。

スタッフも全員無事で、出社しております。

これから本社ビル一階の改修をしていく予定です。

古いものや痛んだものをなおすのは得意中の得意、これも勉強と捉えて、じっくりと手法を考え、丁寧に復旧していきたいと思います。

会社のインターネット環境は良好ですが、一番の問題は電話です。真備のNTTの主要な建物が水没し、復旧のめどが立っていないそうです。

急きょ携帯番号を会社の番号として、広告等の変更を急いでいるところです。こればかりはNTT頼みとなります。

皆さまには大変なご不便をおかけして申し訳ございませんが、会社へのご連絡、お問い合わせは以下の携帯番号か、もしくは各担当営業、スタッフの携帯電話まで直接ご連絡下さい。

会社携帯番号 : 090-6848-8310

電話以外は、通常通りの業務を行っておりますので、今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

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2018.06.26

古民家を修復するとは

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古民家を修復するとは・・・。

この写真を見て、一般の方はどう思うだろうか。

私にとっては見慣れた光景だが・・・。

一般的には、果たしてこれは修復できるのだろうか?

否、修復する意味はあるのだろうか、と考えても不思議ではない。

巷では、物が溢れかえり、わずか建築後30年程度の家も見放され、空き家となり、親の家を直して住む若者はほとんどおらず、新しい家、新しい家を次々に建てる。

大昔から建築士の世界では、住宅のストックだの、再利用だの大上段に構えた議論がなされてきたが、絵に描いた餅。所詮、日本の住宅の大部分は、住み継いでいくような、アメリカ的な住宅事情にはなかなかならない。

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さて、古民家と言われるものは私の中では、建築後80年~100年以上経過したものを指す。その頃以前の住宅はしっかり作りこまれているものが多いし、構造材が生きている。

問題は高度成長期に建てられた家だ。これはなかなかストックたりえない。要は立て直したほうが、見た目も良く、安くていいものができる場合も多い。

ただ、古民家は違う。

修復し再生すると、新築ではでない味が出るので、私は20年前からその価値を見出し、こつこつと取り組んできた。

大々的な再生ばかりが脚光を浴びるし、私もそういう仕事も多くしてきたが、実はご要望としては維持管理、修復が多いのである。

では果たして大々的なそして、また華やかな、大上段に構えた古民家再生と比べて、修復や修理が重要な仕事ではないかといえば、否である。

我々は所詮、資本主義社会の中の申し子であるとすれば、社会の要請や、需要に答えていくのがその道であると思っている。

超、超高齢社会を迎えている今、修復の仕事は重要な社会的意味を持ってくるだろう。引き継ぐ者がいない中、どのように建物の今後を捉え、どのうような提案をしていくか、その真価が問われる時代となる。

放置されて、ぎりぎりで踏みとどまっている古民家。それを施主の今後の人生までをも考え、予算を組み、いかに再生、修復していくか。

限られた予算の中でどこにそのエネルギーを投入するか。何が施主、建物にとって一番いいことか。深い経験と知識をもとに、真剣に考え、提案しなければならない。

過疎化し、高齢化する地方で、自分たちに何ができるのか。

20年間にわたって、陽の目を見ない多くの建物を修復してきた。一つ一つが、毎回毎回、教科書には出ていない実態を伴った勉強であった。

しかしながら、20年経ち、気が付けば自分にしかできない高い修復技術と知識、そしてそれを実行する会社という組織とネットワークが自分にはある。

今までもこれからも、コツコツと、一件、一件、自分の家を扱う気持ちで、勉強、勉強、この道を究めていくのだ。

私は建築を愛し、建築を志し、建築だけを見つめて歩んできた。私には、それしか社会に貢献し、役に立つことができる方法はない。

人ができないといったものを修復し、再生していくのが私の仕事なのだ。

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