2019.01.17

遅ればせながら、ボヘミアンラプソディーを観てきました

遅ればせながらロングランになっているボヘミアンラプソディーを観ました。公開当初から行きたかったのですが、延び延びになっていました。

一番に思ったのは、

   フレディはもっと男前だろう?

ってことですね。そして筋骨ももっとたくましい。それに比べて、ブライアン・メイは本物か?と見まがうほどよく似ていた。

フレディ役の人は役作りで筋トレはしなかったのだろうか?と思ってしまいました。筋トレしてあの状態なのかもしれませんが・・(笑)。

後でユーチューブで本物のフレディをさんざん見なおしましたが、やはり飛びぬけてかっこいい。人によっては、代役が本人よりかっこいい場合もあるのでなんとも言えませんが、フレディみたいな個性の人は、他にはなかなかいないと思うので、代役の人も大変だったろうなと思います。

そして、一番違和感があったのは、

  クイーンって解散したっけ?

ということです。記憶にないので、調べたら、やっぱり解散はしていなくて、どうやら演出の為、史実と違う部分もあるようですね。

総じては、ロングランになるだけあって、感動しました。また、大好きな曲がいっぱいで、それだけで見ながらノリノリになりました。

クイーンは中高生の頃に夢中で聴いて、大人になってからもよく聴きますが、改めて背景を知って、また聴き直すと、これまたいいものです。

私は大の映画好きで、月に最低4本は映画館で映画を観ますが、特にこの映画は印象に残りました。いい映画です。

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2019.01.07

新年、あけましておめでとうございます。

新年、あけましておめでとうございます。

昨年は、思いがけない水害被害にあい、本当に忙しい年でした。

多くの方にご支援を頂き、一歩ずつ、復旧に向けて前進しております。

ありがとうございます。

今春の完全復旧を目指しておりましたが、被災した建物も多く、また、職業柄、いい加減な復旧もできない、ということで、夏頃までには・・・・と思っております。焦りは禁物と思っています。

今年の夏で被災してから一年になります。その頃には、この真備町も、店舗、病院、インフラを含め、かなり元の状態に戻っているのではないかと期待します。

結局、地域コミュニティが復旧しないと、自分たちだけが元に戻っても、生活は成り立たないことを実感しております。

おかげさまで、本業の仕事、業務の方は、被災直後から、被災前と全く変わらない状態で行えております。

会社の業務に関わる、倉庫や重機、道具関係等々は完全に元に戻っておりますので、あとは建物の復旧だけです。

こだわらなければ・・・・もっと早く・・・とは思いますが、本社一階をショールームに改装したり、その他もこの機会にリフォームしたりと・・・・職業柄、だんだんとやることが過剰になってきます。

本業は今まで通りやりながら、復旧は少し腰を落ち着けて・・・と思っています。

全国で多くの方にご心配を頂き、古い友人、知人からも多くの心配のメールや電話など頂き、ある意味、災害があったから再会できた方もおられ、その点は良かったと思います。

今年はまさに復興の年となると思いますが、真備町全体が復興していって、また地域の皆様が早く故郷に帰ることができればいいなあと思っております。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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2018.12.12

「第二事務所」復旧完了!一段落。

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先月末、予定通り、弊社「第二事務所」の復旧が完了した。

先月末は、この新しく復旧した「第二事務所」にて、全体会議を行った。嬉しい限りだ。

本来この「第二事務所」は、弊社の「本社ビル」から歩いてわずか数秒のところにあり、本社の予備的な役割をしていた。

この「第二事務所」の復旧で、ほぼ全ての業務が滞りなく行えるようになった。そしてスタッフも、温かいところで快適に事務、設計業務ができ、休んだり、くつろぐこともできる。本格的に寒くなる前に完成して本当に良かった。

水害以来、被災した「本社」の二階や、この「第二事務所」を仮設で使ったりと、行ったり来たりで、何かとばたばたせざるを得なかったが、ここにきてやっと腰が落ち着いた感じだ。

そして、心配していた臭いの問題は全くなかった。新築と同じである。まあ、あれだけ徹底的に洗浄、消毒し、充分な乾燥期間を取っての復旧なので、ほぼ想定通りだ。

今月からは「本社ビル」の再生に取り掛かっている。こちらはやっつけというわけにはいかず、時間をかけてじっくりと復旧していく。構造的にも再度補強したりして、完全に元の通りに戻すつもりだ。

この「本社ビル」の再生をじっくりと行うために、「第二事務所」を本格復旧したと言っても過言ではない。

本社の完全復旧は来年春を目指す。

※「第二事務所」の竣工写真は、整理が出来次第、小野コーポレーションのホームページ「作品」で公開致しますので、またご覧下さい。

 


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2018.11.24

「第二事務所」復旧まであと少し。

現在急ピッチで進む「第二事務所」の復旧。

完成が見えてきたが、いつも、どんな建物でも、フィニッシュ前はバタバタするものだ。

だいたいモノや材料には納期というものがあって、納期は遅れはするが、早くはならない。

だから、相当に早めに段取りをし、予備をみておかなくてはならないのは、この仕事をはじめてからの鉄則だ。

たった一つ間に合わなくても竣工は遅れてしまう。

今回のように、我がの建物ならまだ許されるが、お金を支払われているお客様の建物の場合はそうはいかない。

もちろん、我がの建物でも、段取りが悪いと、他の業者様にも大変な迷惑をかけるので、十分すぎるほど早くに段取りだけはしておかないといけない。

我がの建物でできないことがお客様の建物でできるわけがないのだから。

その点、私は子供の頃から、父親から早めに段取りすることを躾けられていて、そのせいでたえず何でも心の中で早く早くと段取りをする癖がついている。

夏休みの宿題は7月中に終えてしまう子供であった。それが今の仕事には役に立っている。

夏休みの宿題を8月終わり、ぎりぎりにやって間に合わすようなタイプはこの仕事には向かない。いつも段取りが遅れて周りに迷惑をかける。大人になって改善された人はその限りではないが・・・。

ましてや、宿題を結果的に出さないタイプは相当にまずい。

とりあえず、早めにきちっと計画し、人より早く早くやったほうが、ビジネスの世界では、成功する。

日常では、あまりイライラせず、ゆったり落ち着いた人といるほうがリラックスできると思うが、仕事ではマイナスなだけだ。中にゆったりしていながら段取りがいい人がいるが、それは相当に頭が良くて、要領のいい人だろう。

私のような凡人はそうはいかない。四六時中仕事のことを考えて一生懸命やらなければ、段取り良くはいかない。

結果、四六時中、仕事、ビジネスのことを考えている。

しかし、それが別に苦痛でもない。自分の思い描いた通り、寸分の無駄もなく、綺麗に段取り通り行った時の快感は素晴らしいものだ。

仕事はやはり楽しい。

「第二事務所」も、形になってきた。やるからには水害前より良くしたい。そして、どんな些細な創造も、それはそれは楽しいものであり、私が建築という自分の仕事を心から愛してやまない理由である。

この度、水害によって破壊され尽くした廃墟のような建物を復旧するという、通常の人は経験しないミッションを与えられたのも、何か理由がある。

災害後、わからないことだらけの中、手探りでやってきたが、これで私は「廃墟を復旧する」「壊滅的打撃を受けた建物を復旧する」というスペシャリストの技術と経験がまた一つ身についてきているのだ

元々、古民家再生を専門にやり、家業の瓦をふき替える仕事と合わせて、古いものをなおすスペシャリストとしての自負はあったが、この度は、古いだけではない、災害で傷ついた建物を如何に復旧するか、という貴重な経験と技術と知識を身に着けてパワーアップしているわけだ。

これでどんな建築でも再生できる自信がさらに強化された。

よく私は社員に言うが、

 

「しんどい時こそ実力がついている時なんだよ」と。

まさにその通りだと今さらに確信している。

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こちらはもう一つの建物。

この天井は三分の一は水に浸かった。こちらももう一息だ。

今月中には「第二事務所」周辺の整備と再生が完了し、来月からはいよいよ本社の再生に取り掛かっていく。

本来、本社は一番に再生したかったが、そこは辛抱。今までで十分な乾燥期間を置いた。

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2018.11.23

チボリ公園の残像と月~倉敷中心部での生活~

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倉敷駅北口。

ここからわずか数分のところが私の倉敷での住まいだ。

毎日仕事帰りにこのペデストリアンデッキを散歩する。

チボリ公園ができた時に、整えられた美しい景色。チボリ公園はなくなり、アリオとアウトレットとなったが、この美しいデッキと塔は残った。

この日は月が出ていてより幻想的だった。

真備にいた頃は、夜は暗すぎて何もなく、危険でもあり、外を散歩する気にもならなかった。

ここはいい。賑やかで、そして美しい。

気が向けば美観地区まで足を延ばす。といっても、わずか10分もかからず到着できる。

特に今は冬のライトアップをしており、散歩していても楽しい。アリオから三井アウトレット、倉敷みらい公園をぐるりと回れば30分の散歩コースだ。

この塔には仕掛けがあって、時間おきにからくり時計として、人形劇が現れる。当分壊れていたが、つい最近修理が完了し、動き出した。21時が最終で、たいがいその最後のからくり時計を見ていることが多い。

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最近倉敷中心部に住んで思う。

今更遅いが、20年前大阪から帰郷して、事業を始めた時、なぜに真備なんぞに住んだのだろうと。なぜ早く大好きな倉敷に住まなかったのだろうと。

元々幼少の頃、倉敷中心部で生まれ育った。親の仕事の関係で無理矢理真備に連れて来られた(子供の時にそう思ったのだ)。

子供の頃、倉敷北口から阿知神社、そして美観地区近辺が庭。今の愛車と同じく、磨き上げた自転車で走り回っていた。

多くの時間を無駄にしたが、この水害を契機に、一気に倉敷中心部に移住することができた。

これからは、大好きな倉敷での生活を楽しんで行こうと思う。

人生は短い。

やろうやろうと思っていることを先延ばしにせず、

    「すぐやる」

ことがいかに大切かと切に思う。

迷っている間にも人生は流れて行っているのだから・・・。


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2018.11.21

「第二事務所」の復旧進行状況

水害から4か月以上が経過し、真備町も、解体する家、新築する家、リフォームする家と様々な状況が目に見えてきた。

ただ、みなし仮設が2年間の猶予があるということで、それまではじっくりと考えるという方も多くおられるようだ。

私の会社は4つの建物が水没したが、まず一番は倉庫を復旧した。これは建物としても簡易な建物なので、洗浄も内部解体も比較的簡単であった。

倉庫なので内装自体がたいしたことがなかったので、すぐに乾燥した。中の道具や材料を全て出し、ほとんどが廃棄。繰り返し建物を洗浄し、棚などを作り直した。ここをまずなおさないと、材料のストックができない。それで一番にここに手を付け、完成させた。これで一つ目の建物は済み。

それからその他、全ての建物を洗浄、解体、また洗浄と洗いまくった。順番に洗っては消毒し、乾燥させてきた。

まさに養生する、といった感じだ。私は、とにかく神経質で几帳面な性格な上に、完璧主義なので、きちんとしないと気が済まない。そして超が付くほどの綺麗好きなので、少しの汚れや泥も許せない。

それで繰り返し、高圧コンプレッサーで洗い、たわしで擦る、消毒するの繰り返し。金物の間、柱と梁の間、隙間という隙間も考えうる限り洗った。気の遠くなるような作業だった。

この洗浄作業が3か月以上かかった。中途半端にやっていると臭いが取れない、カビが生えるという現象が起きる。

社員、スタッフ、ボランティアさんには大変な苦労をかけた。もう何人工費やしたか、わからないし、考えたくもない。

そして、やっていると、あることに気づく。

        新築した方が早い・・・。

ずいぶんと迷った。

しかし、結果として、私は私が設計し、精魂込めて作り出した私の子供のような存在の建物をこのまま、解体撤去することは心情的にできなかった。

私の場合、お金の問題はなかったので、建て替えた方がよっぽど楽であったが、あえて茨の道とわかっていて、リフォームを選択した。

業者に頼むのではない、また建てた時と同じように、自社でやるわけだから手間を取られ大変なことはわかりきっているが、これを他社に任せられるわけがないのだ。

新築の場合は割り切って、他社に最初から頼むという選択肢もあるだろうが、なおす場合は、した私にしかできないと思うし、人の手に委ねたくない。

そして、倉庫の次は「第二事務所」。

これは私の倉敷にある事務所、「倉敷事務所」にあい対して「真備事務所」とも称していた建物だが、これを現在本格復旧している。

これをそれなりになおしているのは、「本社」に時間をかけてじっくり取り組みたいからだ。「本社」をなおす間は、今行っている「本社」2階での業務や、一部行っている、1階での業務もできなくなる。

その間、それなりの仕事環境を、社員に提供しなければならない。これから寒くなるので、ちゃんと温かく仕事ができなくてはならないし、現場スタッフが帰ってきて休める場所も確保したい。

ということで、本社の再生に取り掛かる、今月末にはこの「第二事務所」を完成させる予定だ。

一つでも建物が完全復旧し、ささやかだが、それが復興の象徴となり、皆がより元気なってくれたらと思う。

先週で大工工事は完了し、現在内装工事中で、なんとか月末の全体会議は、新しくなった事務所で行えるのではないかと思っています。

楽しみです。

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2018.11.20

飛鳥乃湯泉~松山、しまなみ海道をドライブ~

Dcf00299前から行ってみたかった「飛鳥乃湯泉」。愛媛県松山市の道後温泉別館である。

雑誌で見て建物に惹かれて一度行ってみたかった。まだできたばかりだ。

秋晴れの気持ちいい天気で、迷わず、オープンカーを出動。

昔は高速をオープンで走ったこともあるが、今やそれは無謀。風が半端ないからだ。

高速はクローズで快適にドライビング。高速を降りて地道をゆっくりとクルージング。

この時がオープンのチャンスだ。

オープンにした時の開放感と、空の気持ちよさ。フルオープンの後ろを振り返った時に何もない景色が好きだ。これだからオープンカー乗りはやめられない。冬もオープンはいいものだが、やはり3月~5月、10月~11月の空気の気持ちよさは他にかえられない。

この日は瀬戸大橋を渡り、松山、そのまましまなみ海道を渡り、尾道を経由して帰るという瀬戸内一周コース。私のちょっとしたロングドライブのお決まりコースだ。距離にして約300キロ一気走破だ。

駐車場を探すのに戸惑ったが、なんとか停めて、たどり着く。この建物を見に行くときの、わくわく感は子供の時からなんら変わらない。あの角を曲がったら見えてくる、という時はわくわく、小走りになる。

そして目的の建物。

「う~ン、安っぽい」(笑)。

写真で見ると豪華絢爛なんだがなあ、、、実際にその場で自分で撮った写真を見ても、ものすごいものだ。これほど実物より写真映えする建物もないんじゃないか、と驚くほどだ。

本館の歴史と重厚感には及ばないのはわかるが、やはり鉄骨や新建材で形だけ作ると、こうなってしまうんだなと。予算やいろいろな要因で仕方ないのだろうとは想像に難くないが、かなり残念な印象でした。

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とはいえ、道後のお湯は最高です。私は合わない温泉に入るとかゆくなったりしますが、道後のお湯は日本最古の温泉と言われているだけあって、本当にいいお湯です。

料金は二階の座敷の席代も含めて1250円(一階だけなら600円)。

これは決して高くはないです。二階席は、入浴後、冷たいお茶とお茶菓子を出してくれます。しかも浴衣も貸してくれます。

入浴後は浴衣に着替えて、縁に出て涼みました。うちわも出してくれて、今の季節、最高に気持ちよかったです。

やっぱり車も建物もオープンエアが気持ちいいですねえ(笑)。。

空間を密閉して、24時間換気なんて、くそくらえです(笑)。頭が固いトップエリートと称する奴らが考えた理屈に満ちた変なルールです。

窓を開けなさい!(笑)

建築には光と風をふんだんに取り込むのです!

私はそう習いました。

私はいまだにこの24時間換気の法律には納得してません!そんなことを国が法律で縛って、義務化する必要なんてないんです。

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おばちゃんの接客も良くて、のんびり、ゆっくりできました。私は、また来たいです。お客さんは今のところ少なかったです。ただ、人気が出て、混んでくるともう行きたくなくなります。

正面には松山の現代の絵地図が・・。屏風絵のように描かれていて、いい感じ。しばらく見入る。

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ただ、やはりこの辺の垂木あたりは鉄にペンキ塗りで、どうにもこうにもいただけませんです。本当に素材の「質感」って大きいことを実感。木を朱塗りする、鉄を朱塗りする。同じ朱塗りでもこれほどまでに質感が違い、建物を全く別の代物にしてしまいます。心せよかし、恐ろしいことです。

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私は前に、「聖徳太子は精神病にかかり、この道後まで来て、温泉に入り良くなって、その後大活躍した」、というようなことを本で読んだことがありますが・・・・

そういうことを記した碑が太古にあったはずらしいのですが、未だ発見されていない、ということを記した碑が建っていました(笑)。

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温泉の前のめし屋で、定食を食べましたが、お店の中にこのような聖徳太子の絵が(笑)。ここの鯛めし、炊き込みご飯は予想を裏切るうまさでした。

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せっかく松山まで来たので、本館も見に行きました。

何度見てもいいです。飛雲閣を連想させます。私が勝手に思っているだけですが(笑)。

湯冷ましも兼ねて、再び高速に上がるまではオープンで、風を切って走りました。

オープンにすると、エンジンのイグゾーストノートがダイレクトに響き、これがまたオープンカーの魅力です。

私は至る所で、「どんなオープンカーでもいい、人生一度はオープンカーに乗ってみて」と勧めています。

もちろん、人にもよりますが、ある人にとっては人生観が変わるほど、人生が楽しくなる可能性があるからです。

私がそうだったように・・・。

しまなみの美しい景色を見ながら帰路につく予定でしたが、あまりに温泉が心地よく、長居をしてしまい、しまなみを走っている頃にはもう外は真っ黒になってしまっていました。

それもまた良しと。

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2018.11.17

真備町民は自己責任という意見に反論する。

最近、巷でちょこちょこ聞く、自己責任論。

真備に関しても、水害の起こる可能性があるのをわかっていて、安い土地を買った愚か者の自己責任だという意見。

このことに関して、私の考えを述べさせていただく。

本来、国家の大きな役割は、国民の生命と財産を守ることにある。その大義名分の下に、強権をもって国家は国民から税金を徴収するのである。

逆に言えば、国家は強権を持って、国民から税金を徴収する限り、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのである。もし、それをしないなら、国家など必要がないし、税金を納める理由がない。

勿論、人類の歴史をさかのぼると、国家が国民をただ搾取し、逆に国民の生命、財産を奪うような時代もあったし、現代でもところ変わればそういう国家も存在する。

しかし、日本は、第二次世界大戦において、膨大な国民の命と財産を失い、それと引き換えに、民主主義という制度を採り入れ、現在に至っているのである。

このブログで私が書いているように、言いたいことを自由に言える権利、基本的人権が保証される権利、民主的な裁判を受ける権利、等々、今では当たり前と思っているものも、先人の多くの犠牲の中で勝ち得たものである。

その日本という現代国家の中で、被害にあったのは、ハザードマップには、水害が起きたら水没する、と書いてあるのに、そこの土地を買った本人の自己責任であり、そこに税金を投入するのはおかしい、とする理論はあまりにも乱暴するぎると思う。

その中でも、国家は最善を尽くし、天災から国民を守るために、本当に危険な場所を調査し、対策を打つのが役割ではないか。

ハザードマップ云々を言うなら、倉敷市のほとんどの地域、倉敷駅周辺も含めて、水没地域に指定されているのだ。としたら、倉敷に住んでいる人間は、皆、どんな水害にあおうが、自己責任というのか。

それならば、東京は、関東大震災以来、またとんでもない大きな地震がくると言われていて、それを知っていて住んでいる東京都民は、全て自己責任というのか。

いろいろな自然災害はあるが、水害については、それが起こらないように治水し、堤防を補強し、国民の命と財産を守るために、国家は適切に税金を投入しなくてはならないそこに住むのを自己責任と称して、いいかげんな対策しかしないなら国家などなくてもいいではないか。

その優先順位を決めるのは、政治家と官僚だ。真備に関してはその優先順位を間違ったのではないか?と私は言いたいのだ。

この地域、そして小田川の危険性は十分に行政は把握していたはずだ。なのに、なぜ下らない箱モノや不要なダムに莫大な税金を費やして、命を守る土手の補強や整備を全く放置したのか?

取り合えず、「マービーふれあいセンター」や「いきいきプラザ」は、失われた52人の命や、全壊した4500棟の住宅より優先してでも必要な施設だったのかを、当時の担当政治家や役人は説明すべきである

言論は自由ではあるが、一部の人に見られる、被災者の心を引き裂くような、非情な自己責任論を展開するのはやめて欲しいとせつに思う。

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2018.11.14

倉敷駅前、みらい公園の美しいイルミネーション

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倉敷駅北口前のみらい公園。

アンデルセン広場もライトアップされている。

アリオの光と共に、とても幻想的で美しいイルミネーションが展開されている。

このイルミネーションは、「くらしき きらめきのみち」という題名。

仕事を終えた後、たまにこの周辺を散歩する。

いろいろと、復旧・復興で大変なことはあっても、この美しいイルミネーションを見て、散歩をしていると、とても癒される

アリオに隣接するみらい公園。

私は大の映画好きですが、イオンにあってアリオにない物・・・そう映画館です。アリオに映画館があれば言うことないのに・・・と思うのですが・・・(笑)。

私が小さい時には、倉敷駅の南側には映画館があって、休みには親に、「ゴジラ対ガメラ」や「ジョーズ」、「赤穂城断絶」、「寅さん」等々を観に連れて行ってもらったものだ。

今はシネコンの時代なので、倉敷イオンのシネコン以外に、倉敷駅近くにもう一軒映画館ができるというのは、夢のまた夢でしょうか・・・・。

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2018.11.12

アストンマーチンDB11V12試乗

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イメージは、イギリス紳士が乗る乗り物。

この度、中四国唯一のフェラーリ、アストンマーチン正規ディーラーのMオート様が、弊社本社まで試乗車を持ってきて下さいました。

この度はDB11のV12、12気筒を試乗させて頂きました。アストンの試乗は二回目です。

試乗マニア?(笑)と化している感のある私ですが、災害以来、全く試乗をしていなかったので、自分の車以外の車を運転するのも久しぶりです。

アストン特有のキーをインパネの一部に挿入、セッティングしてからのエンジンスタートは、新型ではなくなったようでとても残念ですが、キーレスになっていく関係で仕方ないのでしょう。

エンジンスタート。フェラーリよりずいぶんと紳士(笑)。そして走り出してもスムーズで、いい車に乗っているなあ・・と実感できる。遠くでV12の心地よいエンジン音が鳴る。V8とはまた全然違うフィールです。フェラーリのV12は猛獣ですが、こちらはさすがにイギリス車、そのエンジンは素晴らしく上質な音で、室内に心地よく響く。

また感心したのは、オートの時のフィール。フェラーリの場合オートにしていると勝手にどんどんシフトアップして、ほとんどエンジン音を感じない領域にすぐになります。このアストンの場合は、オートでも速度に合わせていい具合にシフトアップ、ダウンをして、そのたびにいい音が聞こえてきます。そこらへんは、アルファロメオなんかと似ています。走っていて楽しい車です。

ただ、フェラーリのような派手さと、官能的なまでのエンジン音はなく、私にはまだ大人しすぎ、かつ上品すぎるなと思いました。

もう少し年をとって、上品にそしてクールにスポーツカーに乗りたいと思ってきたら、このアストンマーチンという車は素晴らしいのではないかと思います。

また安定性は抜群で、それはメルセデスベンツに勝るとも劣らないものです。たださすがに安全機能はほとんどついていない。

外観デザインは言うことなしでかっこいいです。一目で普通の車とは違うのがわかります。ジェームスボンドのような紳士であり、そして強く、クレバーな男に似合う車です。

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インパネの木目はメルセデスベンツのような貼物の安物ではなく、実際に木を削り出した手作りのものです。見た目は同じかもしれませんが、質感は全く違います。

シートの包まれ感が凄いです。

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後ろ姿は、最近のポルシェにも似ているなあと思いました。横に広がったグラマラスなシルエット。私はポルシェのスタイリングは今まで生きて来て、ただの一度たりとも美しいと思ったことはありませんが、このアストンはとてもカッコよく見えました。何が違うのでしょうか。

ただ、私はやはり子供の頃からのフェラーリ派で、私にとってのスポーツカー、スーパーカーは、フェラーリが唯一無二の孤高の存在です。

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2018.11.09

独立・起業20周年~瞬きの中20年~

早いもので、本日で独立・起業して、20年になる。

毎年この11月9日が来るたびに、ブログを書くが、一年たつのは本当に早いものだし、そのスピードは年々早くなってきている気がする。

独立したときは若干30歳であったが、瞬きの中、20年があっという間に過ぎ去り、50歳を過ぎた。

私は信長が好きで、「人間50年」と思って生き急いできたので、もう全てのやるべきこと、やらなければいけないことをやり終えたつもりでいた。

独立してはじめた古民家再生の事業は軌道に乗り、自分の建築作品も作ったし、本社ビルも建てた、自邸も設計し、好きな車にも乗ってきた・・・

今年は独立20年なので、なにか記念行事、事業でも行おうか・・・

と思っていた矢先に、この度の水害である。放っておくわけにはいかないので、当然復旧作業をすることになる。

人生は何があるかわからない。

最近思うことは、私の人生は、子供の頃から思っていた50歳で一度終わったのであろう、と。

そして、この水害は、ここからの第二ステージでの己のなすべきことを、なんらか示唆しているものであろう、と思うようになった。

30歳で独立したときはただの設計事務所としてはじめたが、最初の10年で、自分のやりたいことができる組織やネットワークを必死で作り、その後の10年で、自分のセンスで建物を本格的に作ってきた。

50歳で終わる予定の人生が、まだあるようだが、もう思い残すことはなく、セミリタイアしてもいいかなと思っていたら、この水害である。いやおうなしに復旧の仕事をさせられる。

その尊い仕事の中で、再び己が成すべきことが見えてきた。水害はその良いきっかけになった。水害という究極の状況がなければ、自分が本当にどうしたいのか、曖昧なままだったかもしれない。

これからの10年。その後の10年で自分の成そうとしていることを見据えた基盤づくりをしていこうと思っている。

こつこつと地道な努力を重ねていくことが私の信条である。

・・・・はて?結局お前はいつまで仕事をする気なのか?(笑)

結論的には、私は仕事が好きなのだと思う。

私は、定年がない仕事をしていてよかったと思うのである。

※ちなみに・・・

とりあえず、水害というイレギュラーなことがあり、今は復旧、復興の日々なので、記念事業は一年延ばしになりますが、必ず行う予定です!!

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2018.11.08

遥照山の頂上にあるレストラン、絶景かな、、

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遥照山の頂上にある「ザ・ビュー瀬戸内」に行ってみた。

使われていなかった古いホテルをリニューアルし、今年七月七日にオープンしたとのこと。

ホテル併設のレストラン。

七月七日と言えば、まさにまさに、この度の豪雨災害のあった日。

大変な時にオープンされたのだなと、一番に思いました。

建物はいかんせんリフォームをしたとはいえ、古臭さは隠しきれない。ただ、中のレストランは、とてもこじんまりとしていて、好感が持てました。天井が低いので、どこかの家庭で食べているような感覚。そして、景色は絶景。ただこれが新築だったら、もっともっとこの絶景を生かした空間造りとしていただろうなと思いました。

料理の方は、一度食べてみる価値ありです。美食家の私が、太鼓判です。私は料理の中で、フレンチが一番好きで、超一流と言われるお店でも多く食してきましたが、ここの料理は、本格的で、地場の素材を厳選し、薄めの味付けで、とても体にも良い気がしました。価格もリーズナブルです。

もう一度来たい、と思いましたが、ちょっとドライブして食べに行く、という感じの距離ではないです。この山の上まで上がるのに狭い道もあり、運転が苦手な方はちょっと気合がいるかもしれません。

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2018.11.07

豪雨災害から4か月がたちました。治安が悪化する真備町。

今日で豪雨災害から丸四か月が経ちました。

感覚的には、

「まだ四か月か・・・」

という感じです。

もう一年くらいは経った感覚です。

逆に言うと真備にいた頃の生活がもう想像ができないくらいです。

災害後、家具や泥出し、内装の解体、洗浄をやっている間、町内はさながら戦場のようになっていましたが、その後は放置されている家が多く、ゴーストタウンのようでした。

夜などまさに人っ子一人いない状態でした。私は会社が真備にあるので、仕方なく毎日真備に通っていましたが、夜残って仕事をしていると、薄ら気持ち悪い感じになっていました。

しかし、現在、解体やリフォームが本格化し、本当に騒々しくなってきました。ありとあらゆる業者が入り、これだけあちこちで工事が行われている地域も他にはないなという感じです。

私も長く建築をやっていますが、こんな狭い地域に工事中だらけという光景は、なかなか見ることがありません。まさに、阪神淡路以来です。

ただ、問題は、業者不足なのか、全国から、県外人がやってきて、本当に至らない、挨拶もできない、乱暴でどうしようもないような、いわゆる、‘輩(やから)’がうようよしている感があります。

急速に町内の治安が悪化しているのは間違いない。

地元の人間ではないので、狭い路地も猛スピードでダンプを走らせ、砂埃を巻き上げる。離合する場所もわからないので、突き進み、そこらじゅうで、お前下がれ、だの、行け、だの、言い争いやにらみ合いをおこしている。

住民より業者の人口の方が多いという異常な町。

今の真備町は決して女、子供を安心して住まわせられるような所ではありません。

阪神淡路の後もそうでした。西宮から若い女性、子供は消えましたから。

真備町からは避難しておくべきです。それでも住みたい人はしっかりと戸締りをして、交通事故や落ちてくるがれきには細心の注意を払い、自己責任で、ということになりましょうか。

元の街に戻るまで、まだまだ果てしない道のりです。

これだけのことをしでかした者、これだけの負担を町民にかけた者、多くの町民や子供の人生を狂わせた者・・・・・・

そう、土手を放置し、土手の工事を意志を持って、先延ばしにし、血税を不要な箱モノや無駄遣いに供した、糞役人や糞政治家たち。

なぜ4500棟もの家が壊滅し、52人の町民が死ななければならなかったのか。

今後は、裁判となり、責任を追及され、断罪されなければなるまい。

‘なあなあ’では決して済まされはしない。

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2018.10.29

丹下健三氏と浦辺鎮太郎氏の作品が並ぶ街並み

D1巨匠、丹下健三氏が設計した、旧倉敷市庁舎。

現在の倉敷市美術館。久しぶりに訪ねてみた。

中に入ると、改めて思うが・・・・・コルビジェのパクリ(笑)。

(コルビジェとは、20世紀最も有名なフランスの建築家です)

この窓の深い切れ込みはまさに「ロンシャンの教会」を彷彿させる。

そしてこの赤、青、黄色等の原色の使い方も、コルビジェがよく使ったデザインである。

私は若かりし頃、二か月ほどフランスに滞在し、パリを中心にコルビジェの作品を実際に見て回った。

この時代、コルビジェは偉大でああり、1960年代は、これが許されたのであろう。

我々の世代も、直接的ではないが、コルビジェの影響を受けた先生方から、建築の師事を受けたので、結果的に、コルビジェの影響は大きいと言える。

特にコルビジェの著書は若い時、貪るように読んだのである。コルビジェの代表的な言葉に「機能と形は一致する」「住宅は住む機械である」・・・というような呪縛に、今でも心の奥底で縛られているのは事実である。

また、真っ白に塗られた一面のただの壁(笑)に美しさを感じてしまうのも事実である。

実際、意味のない、すなわち機能のないデザインの為のデザインをするとよく教授から、「このデザインに意味はありましたか?」というようなことをよく聞かれた。

いわゆるモダニズム建築の洗礼である。ポストモダンとなり、その後はなんでもありの建築業界であり、もちろん、私自身も機能を伴わないデザインをすることはたびたびあるが、実はいまだに心の中で少し良心が痛むのである(笑)。

そして、やはりいまだに、コルビジェからの安藤忠雄、槇文彦、谷口吉生・・・・といった直線を基調とした、シンプルなデザインをする建築家の作品が好きである。

ただ、住宅でそれをやると、たいがいは女性から嫌われる。住宅設計をやっていて、奥様に嫌われたら終わりである(笑)。やはり女性には、木を使った丸みのある、優しいデザインが好まれる傾向がある。

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このコンクリートのベランダ(笑)もコルビジェ。

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設計課題でやるような、シンプルな横梁の連続。

これだけばかしの梁の下部をわざわざのぞかせなくても、梁下に天井を張れば配線もできて楽なものを・・・わざわざ見せる。

私も木造でこれをよくやる。これはこれで美しいものだ。

ルイスバラガンの木造建築でもこの梁はよく見るが、彼もコルビジェの信者なのだろうか。

ただ、今見るとこれだけの大スパン吹き抜けを横梁だけ、しかも当時はプレストレスなどかけてない普通のRC梁だと思うが、耐震上大丈夫なのだろうか?と心配になった。

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玄関周りのリブ列柱。連続して美しいようであるが、見ようによっては冷たく、牢屋の縦格子のようにも見える。

ここからは、郷土倉敷を代表する建築家、浦辺鎮太郎氏の倉敷中央図書館。

浦辺氏は倉敷アイビースクエアの再生や、私の親戚でもあった旅館倉敷の再生、倉敷国際ホテル、今の倉敷市庁舎など、倉敷の代表的建物を設計した建築家である。

私は大学院の学生の時、教授から浦辺さんの事務所を推薦されていたので、日建設計に合格しなかったら、浦辺さんの事務所に入っていたかもしれない。

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鋼製の建具、サッシュ。

勿論、全て特注だが、近くで見るとコンクリート打ちはなしがうまくいかず、際をモルタルで塗りたくっているのが、痛々しく、苦労の跡がみえる。

ただ、自分の作品でもこういうリブや縦の上げ下げサッシュなどをよく使い、やはり若い時からいろんな建築を見て回り、気が付かないうちにその影響があるんだなあと思う。

建築をやっている人は、住宅設計しかしない人も、住宅メーカーが建てている建物やその辺のマンションだけではなく、名建築を見て回り、スケッチして勉強することをお勧めします。

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美術館と比べると、中はなんとなく温かみがあるデザイン。

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今日も倉敷川はいつもと変わらず穏やかに流れていた。

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2018.10.25

倉敷 屏風祭りと大原家本宅

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倉敷の旧家の所有している屏風を一般に公開する催し。

以前は単独でやっていたような気がするが、この阿知神社のお祭りに合わせて開催されるようになったのかもしれない。

庭先には生け花を飾られている旧家も多かった。花屏風ということか。

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装飾された鎧・兜を展示している家もあった。

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倉敷では有名な大原財閥。

倉敷中央病院や倉敷紡績、大原美術館などを作った、大地主、大金持ち。未だに倉敷駅近辺の一等地は大原家の借地が多い。


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その旧本宅。

金持ちここに極まれり、といった風情。

隣には緑御殿があり、倉敷川を挟んだ対面には大原美術館がある。

なんせ財をなした者は、美術館を作る。

金を持つと、美術品を買う。それが相当な数になる。結果、美術館を作る、というのも自然の流れか。

上記の写真はその宅地の中の景色である。まるで「街並み」である。これが、敷地内の景色なのである。こんだけ蔵を連ねて、何をそんなにため込んでいたのか?(笑)と思う。

そしてこの庭を見ながら当主は思索した、と説明書きが・・・。それはそれは大した金儲けのアイディアが湧いてきたであろう(笑)と思います。

もちろん大原家は倉敷の発展に多大な貢献をしたのは周知の事実。その美談は子供の頃からよく聞いてきたが、その裏にはこれほどの豪奢な生活があったんだと、妙にリアルに感じられた。

この旧本宅はずっと公開されておらず、いつも外から眺めていたが、最近公開されたらしく、500円の入場料を払って見学させていただいた次第だが・・・・

たぶんそのような贅沢な生活をしていたことを知られたくなくて、今まで公開しなかったのではないか?と思うのは邪推か(笑)。

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2018.10.24

復旧作業の進捗状況~建築は楽しいものである~

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私の場合、所有する建物や不動産も多いので、真備にある建物の浸水被害も大きい。

現在4つの建物の復旧作業を同時に行っている。

もちろん、仕事の受託量は災害前と変わらず、否、逆に受託量は増えているくらいだから、復旧と仕事と両方で、スタッフの皆は勿論のこと、私自身も以前より大変に忙しくなっている。

ただ、洗浄や解体をやっている間は大変苦痛であったが、段々と新しく再生していく段階になると、これほど楽しいものはない。

本領発揮と申しますか、本来再生工事でここまで会社をやってきた者ですから、面白くないはずはないのです。

資金的には十分に新築して立て直すことはできたが、これらの一連の建物は全て私の作品なのである。

よって、自分の子供と一緒である。となれば大変な痛手を負ったとしても作品を元に戻そうとするのは当たり前の行為である。

ダメになったからまた新しいものを作ればいい、ということは芸術家、物造りをやっている者からしたら、忍びない。というか、耐えられない。お金の問題ではない。

だいたい、建築家が、自ら自分の作品を壊す事ほどの苦痛はない。再生するためには、部分的に解体しなければならないが、それをするにも辛い。自分が作ったからだ。あそこはああやって苦労した、あそこは一晩中考えて、このようにデザインした、等々の歴史があるからだ。

そして私は設計事務所(日建設計)出身だが、独立してからは施工まで全て自分の責任で行ってきたから、設計だけやっているのとはわけが違う。材料一つ、ビスの留め方一つ把握している。

私はこの復旧も、工事をした担当者たちと再び行っているが、それぞれの場所で、皆、「そうそうここはこうやって納めた」「これはこうやって苦労した」と口々に出てくる。

やはり、新築した時の皆と復旧して行くのが一番いい。皆自分が作っているから、よくわかるし、思い入れもあるのだ。

10年以上前の仕事も含め、また同じメンバーで復旧ができることが素晴らしいと思っている。

一枚目の写真は、洗浄に次ぐ洗浄で、丁寧にたわしでジョイントや金物の間まで、隅々まで洗っている様子だ。

消毒と洗浄の繰り返しを数十回行っている

焦る必要はない。業務は通常通り行えている

十分すぎるほどの洗浄、消毒、そして十分すぎる以上の乾燥期間を取らねば、しゃんとしたことにはならぬ。

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上記は、その充分以上の洗浄・消毒・乾燥を繰り返し、完璧主義の私の「もう、よかろう」という合格ラインを突破した後、リフォームに入っている建物だ。

やはり、物を造るのはしんどい、が、楽しい。

建築とは・・・たとえ些細なものでも・・・物を造ることは楽しい。

新しい工夫を加えて蘇っていくものは、新築とはまた違う喜びと楽しさがある。

考え出すと、休み食事、夜や昼は関係ない。延々とスケッチをしている自分がいる。

  やっぱり自分は建築が好きなんだな~と気づく瞬間だ。

そしてそれをもとに建物を作っていき、出来上がっていく。そのわくわく感がたまらない。

だから私は、もう30年以上建築をやっているし、20年前に、仕事のメインを新築から古民家再生に切り替えて今まで取り組んできたのだ。

さあ、私の建物が、どんなふうに再生された姿を見せてくれるのか、

楽しみである。

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2018.10.23

倉敷という街への愛着

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私は倉敷で生まれ、倉敷で幼少期を過ごした。

子供の頃、阿知神社が庭で遊び場だった。阿知神社の階段をじゃんけんをしながら登り、倉敷の町を山の上からよく眺めていた。

それが幼少の頃の原風景である。

先日阿知神社のお祭りに行ってきた。子供の頃からうちわで頭を叩かれてきた「すいんきょ」。

大人になった今も、三回も頭を差し出し、叩かれてきた。

Ab002健康で頭が良くなると言われてきた。

子供の時はこれに「阿知の鬼」が加わり、とても恐かった。親の陰に隠れて逃げ惑うが、鬼とすいんきょは容赦なく追いかけてきて、頭を叩く。

子供ながらに恐いものが世の中にはあることを知る。

ただし、今のすいんきょは時代に合わせてフレンドリーだ。

昔のようにお面をかぶっていることをいいことに、やりたい放題のことはしない(笑)。少し物足りない。

子供の頃、倉敷駅のすぐ近くに住み、美観地区を自転車で走り回る日々。同心幼稚園から万寿小学校へ。

それがある日突然、親の事情で真備に引っ越してきた。

子供ながらに自分は倉敷の街の子だと思っていたのに、真備の糞田舎に連れてこられて、本当に嫌だった。人生で初めて世の中の理不尽を感じた。その時のトラウマは今も続いている。

それで真備にいたくなくて18才で大学で県外に出た。九州→大阪へ。それ以来13年間、真備には寄り付かなかった。

何の因果か、31才でまた真備へ戻り事業をすることになったが、真備嫌いは相変わらずで、現在は倉敷の駅周辺に居を構え、倉敷事務所も開設し、倉敷に住み、倉敷で仕事をしている。真備の本社に私がいるのは週の半分以下だ。

そしてこの洪水でそれにより拍車がかかった。真備脱出の積年の願いは奇しくもほぼ実現したのだ。

真備は今でこそ倉敷市を名乗っているが、平成の合併で最近そうなったのであって、真備は真備であり、元々、吉備郡といい、倉敷とは起源も由来も全く異なる地域である。倉敷は天領であり、真備は岡田藩という小藩が治めており、池田藩でもない。文化圏としてはどちらかと言えば総社寄りの地域なのである。



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久しぶりに阿知神社のおみこしを見た。昔私の父もこのみこしに乗って、太鼓を叩いていた。

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ここの出来立てのコロッケは最高。子供の頃に母が一つ買って紙に包んで食べさせてくれた。未だにその味が忘れられず、ここを通ると必ず食べる。40年以上経っても、紙に包んで・・・未だにそのスタイル。

このお店は、商売っ気がなく、土日はかっちりと店を閉めているが、この日はお祭りだからか、開いていた。長い行列ができていた。

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阿知神社の長い階段のふもとにある、焼き立ての饅頭。ここももう子供の頃から食べ続けている。行列のできる店だ。

似たような饅頭はたくさんあるが、ここの焼き立ての饅頭は最高だ。

私は幼少の時、無理矢理に真備に連れて来られて以来、子供ながらに思った、

「くっそー、必ずやまた倉敷の中心地に戻ってやる」

という積年の思いを実現し、倉敷中心部の生活を楽しんでいる。歩いて二分で倉敷駅、アリオ。5、6分歩けば美観地区だ。子供の頃に自転車で走りまくっていた場所を再び散策している。

元々私は真備町での仕事はほとんどせず、倉敷市、岡山市で多くの仕事をしてきた。

被災後も翌日から、仕事は続行し、順調だが、現在、真備の本社、事務所等の建物の復旧も着々と進んでおり、年内には建物も完全復旧する予定でいる。

今後、真備を復旧したら、その後は本格的に倉敷に進出せねばなるまい。

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2018.10.22

大相撲総社場所を見に行きました。

A001先日、大相撲総社場所を見に行きました。

当日の客数は5000人とのことで、満員御礼です。

私はある方のご厚意で、最前列に近い場所で観覧することができました。

子供の頃から相撲ファンで、数年前の倉敷場所にも行きましたが、このように好きな力士に触れられるくらいの距離で観覧できたことに感謝です。

私は、大学の空手道部で副将を務め、その後も30年に渡り鍛錬、全日本空手道連盟公認二段の黒帯を持つ有段者です。

私自身、武道家、空手家の端くれと自負しております。

その目で相撲を見るとき、相撲とはある意味、最強の格闘技ではないか?と思ってしまいます。だいたい我々の渾身の正拳突きが彼らの中段に効くのか?(笑)ということです。

あの分厚い腹にどんな中段をぶち込めば彼らは倒れるのでしょうか?(笑)

そして力士が突進してきた時に、蹴りや突きをくり出したところで、現実にはどうにもならないのではないか?と思うのです。

相撲に興味がない方は、太った人が、押し合う(笑)、くらいなイメージかもしれませんが、実物を見ると、それが間違った認識で、力士の大きさと、そのぶつかり合いの迫力に驚くことでしょう。


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大好きな鶴竜。

亀に似ていて、とてもかわいい(失礼)(笑)ですが、小さな体でとても強いです。この日も、目の前を、行ったり来たりして、コメディな感じに見えて癒されます。ペットボトルを受け取る鶴竜。こういう場面も本場所では見られない、巡業だからこそです。

もう一人、好きな力士、栃ノ心。

この腕力。剛腕で強引に相手を釣り上げて勝つのは見ていて爽快。この日も何番もとっていました。

ご厚意により、大変良い場所で、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。

ありがとうございました。

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2018.10.19

ボランティアさんに頭が下がる思い。

先日来ていただいたボランティアさん。

汚水、汚泥を流して、たまりにたまった溝を掃除して下さった。二十歳の娘様とお母様、80代の高齢のおじいちゃん、他5名の方。

しかも皆さんほとんどが関東方面から来て下さっていた。一人の方は東北で津波に合い被災され、その時の恩返しにと、岡山まで来て下さっていた。

お話を聞くと本当に頭の下がる思い、感謝しかない。

そして、私がばたばたしてお手伝いができていないことを詫びると、

「災害にあっているご本人はそれどころではない、やることがいっぱいあるのはわかっています。どうぞ気にされないで下さい」と。

そして、黙々と作業をして下さる。やはり被災された方は、ご自分も経験されているがゆえにわかって下さっているのだと、そう思うとまた熱いものがこみ上げてくる。どうも最近は涙腺が弱くなっていて仕方がない。

ボランティアは無償なのである。給料は出ない。交通費も持ち出し。それでこうやって作業して下さる。果たして逆の立場になったとき、自分にできるか?否、できるできないではない、それは必ずお返しさせていただかなくてはならないことだと、改めて強く、思う。

結局、民間なのだ。民間の助け合い。人の思い。これだけに助けられる。民間こそが力なのだ、とさらに強い思いを持つ。

我々の血税から給料をもらって働いている糞役人や糞政治家。

彼らにもっと誠意があれば、このような悲惨な事態は防げたろうし、今現在もあのような怠慢で愚劣な態度のお役所仕事、しゃくし定規なお役所対応にはならまい。

もちろん鼻から奴らには何の期待もしていないが・・・。

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2018.10.18

ニシナ百貨店さん、オープンに感動

Dcf00164FM岡山でニシナさんの宣伝をやっていたのを聴いた。

「ニシナ真備店がリニューアルオープンしました。真備町の皆様に、ニシナがあってよかったと言ってもらえるように、真備町に帰って来ようと思っていただけるように、頑張っていきます・・・」

正確ではないが、たしか、そのような内容のアナウンスだったかと思う。

不覚にも、ラジオを聴きながら涙腺が緩む(笑)。

そして、先日、真備の本社で仕事している途中、やっと店舗に買い物に行った。

生鮮食品から弁当、惣菜、衣類、日用品まで、被災前と同じように品ぞろえしてあり、ここでしか買えなかった私のお気に入りの商品も買えた。

そしてたくさんの真備町民。親子や夫婦で楽しそうに商品を選んでいる姿。

ピカピカの内装。

歩いているうちに、なぜかまた熱いものがこみ上げてきた。

なぜだろう?自分でもわからない。

ただ、感動した。

「ニシナ百貨店、ありがとう!」

民間の力は凄いもんだ。

意気の良いお花を買って会社に飾った。いいもんだ。花で空間がガラッと変わる。花の力も凄いもんだ。

元々、私は真備に住んでいた頃は、ニシナのファンで、あまり他のスーパーで買い物をしなかった。ほとんどニシナ(笑)。品ぞろえが私好みなのである。

そのニシナが一番にオープンしてくれた。これで、仕事中、昼の弁当も買えるし、お菓子やパンもジュースも自由に揃う(弁当はコンビニでも買えるが、こちらの方が手作り感があって、断然に美味しいのだ(笑))。

もう倉敷からわざわざ買って真備に持っていく必要がなくなった。

有難いことです。

ニシナさんに・・・・感謝。

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