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2012.04.16

トップライト

P1000795_2 先日5年ほど前に古民家再生させていただいた民家にお邪魔した。トップライトの電動ブラインドに不具合が生じたからだ。

写真は足場をかけてのメンテナンスの様子である。

トップライトは開け方を間違うととんでもなく暑く、厄介なものになる。私は古い民家を再生する仕事を専門にもう、14年も事業を行っているが、どの民家も私が最初伺った時には暗く、寒い。それは例外なくそうであって、昼間から電気をつけなくては生活できない状態である。

それが都会の密集地ならまあ、仕方ないなとは思うが、広大な敷地に建っている住宅で日中、日が入らないというのは辛い。

なぜ古い民家ではこのようなことが起こるのか?

これはハレの日ととケの日という日本古来の考え方に由来すると思う。私たちが言うところの古民家ができた時代(今から70年~300年前)には、ハレの日、今で言う、「外」、「公」、「非日常」に向いた空間・時間と、ケの日、すなわち「内」、「私」、「日常」に向いた空間・時間が存在していた。今でもあるのだろうが、この時代と比べれば非常に弱い。

当時は一番にハレを優先した。すなわちハレの為に南向きの良い部屋を提供した。その為にケの空間、家族の為のプライベートな空間は北側の暗い部分となった。また東向きには農業を中心とした、倉庫や馬小屋、牛舎があるために朝日も入らない。

たまにある来客や、講と呼ばれる集落の集まり、親族や、村の行事の為に一番良い場所は空けておいた。

それが戦後、アメリカの占領軍と共に入ってきた個人主義、家族のみ優先主義によって民家のあり方が変わった。一番良い位置に家族の過ごす居間を持ってきた。それでも当初は応接間(ハレの空間)というものが存在したが、徐々にその考え方もすたれ、今では家族の空間である居間がリビングと称され、ほとんどの来客はこの本来ならケの空間であるリビングに通されるようになった。

そして我々住宅を設計する建築家は、このリビングをいかに見せ場のある空間にするかが課題となった。またこのリビングを中心に家族の生活自体も回転していくようになったのだ。

さて古民家の再生をする場合、その古い平面計画をいかに現代の生活に馴染ませるかが課題となり、新築の住宅を設計するのとはずいぶん注意する点が違う。人によっては一番良い場所にある座敷を改装し、リビングに変えている場合もよく見かけるが、私の考えは違う。

せっかく先祖から伝わった古民家を活かすなら、古民家の素晴らしいところを残したい。だから私の場合は土間を元来の形に戻し、座敷を「保存」する方法をとる。これは例外なくそうする。そこに吹抜けをつくったり元の形を大幅に変更するような馬鹿げたことはしない。あくまでも先人が一番力を入れたところを残す。

そうなると元の暗くてじめじめとしたケの空間をいかに使いやすくするか、光と風をふんだんに取り入れ、動線の問題をいかに解決するか、これが一番の課題となる。

トップライトも一つの手段である。トップライトは吹き抜けて頭上直下の距離をかなりとれるところに空けないと失敗する。そして南や東に空けるのはご法度だ。夏の日差しで生活できないほど暑くなる。あくまで控えめに北側に遠慮がちにとる。そして雨仕舞には細心の注意が必要だ。

今回は製品が壊れたわけで、メーカーに対応してもらったが、なんせトップライトは手の届かないところにある。手の届くところに空けると暑いわけで自然高いところにある。もちろん設計の段階で万が一の場合のメンテについて想定していて足場をどのようにかけるかは想定してあるが、実際となるとやはり危ない場所での作業となってしまう。

なかなか電動、機械ものは壊れないということはないので、厄介だなと思った。トップライトに頼らずに採光をとりたいので近頃ではハイサイドライトをよく活用するが、どちらにせよ高い位置にある窓はメンテナンスが厄介だ。

できるだけスクリーンがなくともあまり暑くならない位置にとらなくてはならない。ただ部屋にいて星がみえるというのはそれをおいても捨てがたい魅力ではある。

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