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2012年8月 4日 (土曜日)

箭田大塚古墳

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施行中の現場の近くに「箭田(やた)大塚古墳」があります。たぶん子供の頃に一度は来ています。

お客様にいろいろとお話をお聞きしました。「吉備真備」(きびのまきび)につながる祖先のものであろうと地元の人の間では言われているそうです。

この辺りは「吉備の国」ですのでたくさんの古墳があります。近畿圏の古墳は天皇家とつながるものも多く、大事にされていますが、この辺りの古墳は子孫もわからず、発掘調査もされることなく現在に至っているものもたくさんあるそうです。

もちろん、この箭田大塚古墳は調査済みですが、それ以外にも地元の人しかしらないような小さな古墳がたくさんあるそうです。しかしそれは石の加工や積み方など、今見ても丁寧な良い仕事をしている物もたくさんあり、当時の技術の粋を集めたものであることがわかるものだそうです。

そう考えると数千年の時の流れの中で、権力を握り、日本を支配した天皇家以外は、当時まだ大和朝廷と肩を並べるほどの力を持っていたとしても、現在では完全に忘れ去られているということになります。

この時代にこれだけの工事をやり遂げるというのは、当時としてはその辺の住民の全エネルギーをかけた大事業だったことだろう。できた時は喜びや充実感に満ちたことだろう。それが時の流れの中で忘却の彼方へ。

それを思うとき、権力や果ては人間のはかなさを思わずにはいられない。「おごれる者も久しからず」とはよく言ったものだ。

だが、千数百年を経て、尚も残る遺跡。そして現在の私という一人がそれを見、感じる。確かにここに人の想いがあり、汗水を流した人が存在したのだ。

古墳の上にたたずみながらそんなことを考えた。

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