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2012.08.23

建築会社に必要なのは美しいものを追及する力だ。

表題のごとくだが、そうとばかりは限らないのがこの建築の世界だ。

安くて機能が整っていればだいたいOKの人もいる。かくして設計事務所に仕事を依頼する人はごく一部の人となる。日本人の一般世間の美意識のなさにうんざりすることが多い。

先日、私のいとこが、ヨーロッパに行った時の写真をみせてくれた。私も何度もヨーロッパを訪ねているが、改めて思った。「どこをみても美しい」。それは国民全体が、美しい街並みを守ろうという美意識があるからだ。一人でも、これは俺の土地だ、ピンクのビルを建ててやる、となれば台無しだ。

日本はどうだ?多国籍でデザイン性のかけらもない、機能的な要望だけを満たした無機質な家の連続。本当に情けない。

原因はいろいろあるが、結局デザインも専門教育も受けてない者が設計をしたり施工会社を経営していたりするからだろう。ヨーロッパやアメリカのようにその辺の基準をもう少し厳しくしたらいい。

お客様が喜べばいいという仕事ではないのが建築だ。それをわかってない者も多い。建築は出来てしまえば、何十年も、場合によっては数百年そこにある。ということはお客以外の人の目にも触れ、環境を破壊するのだ。

それだけ社会性のある仕事のだし、「建築」という言葉には私は永遠の憧れがある。ちょっと他の技術の業界とは違う、そこには歴史やデザインの要素が含まれる深い世界だ。

建築は、お客様がいて、すなわち需要があって供給があるからいいのではないか?ではないのだ。商売はそれで成り立つからよい、ではないのが建築なのだ。

設計事務所は数を多く造れない。メーカーは大量に造る。私は設計事務所に頑張ってほしい。もう少し日本人もデザインや考えることに価値を見出す価値観を持ってほしい。お金の問題もあるが、日本は他の国と比べてお金も資産もあるし、あとは美意識の問題だ。

建築はしっかりと専門教育を受けて、建築の深さを理解した人によって造られるべきだと思っている。その積み重ねが美しい街並みを保存、維持したりこれからの街並みを造る。

そういう人はたくさんいるのだが、なんせ建築家は少数で、大量の需要には答えられない。大学で専門教育を受けた人はたくさんいるのに設計に進む人は大変少ないのだ。

どこの大学でも最終的に設計をやっているのは一割くらいではなかろうか?ぜひ日本全体が、デザインで食える世の中になって欲しいと思う。結局は需要がないから食えない建築家が山ほどいて、だからそこへ進むのをあきらめる学生もたくさんいる。

建築家は儲からない。だから現場へ行く、メーカーへ行くとなる。結果、専門家不在の業者や画一的なメーカーが建てた家ばかりになる。

ではなぜ需要がないかといえば、日本にはあまりにもデザインに価値を置かない人が多いのである。日本の、今の、このしょうもない街並みを造り出したのはまぎれもない日本人自身なのである。

日本人は、考えることにお金を払わない点では世界一流だ。タダだと思っている。わずかな修理の工事をしても平気でお金を払うのに、丸三日かかって描いたスケッチはタダだと思っているのだ。本当は考えることが一番大変なのにだ。

残された美しい日本家屋の美しい屋根にまた、今日もまた変なパネルがのっかって美しい環境が破壊されていた。嘆かわしいことだ。

皆さん、イタリアやギリシャのあの美しい街並みの屋根に、太陽パネルがのっかったとしたらどうですか。別の場所でまとめてやるべきでしょう。

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