« 古物を捨てないでできるだけ生かす | トップページ | 古民家再生一期 部分竣工~その1~ »

2012.12.06

古いものを生かす~その2~

P1000004_2P1000005_2P1000008昨日に引き続き、古いものを生かす。

古民家の場合は、柱や梁に傷みや腐れが生じている場合が多々あります。

替えるか、生かすか。

写真は埋木をしたところです。一枚目左側の新しい木は、梁を交換しています。

構造的に破綻している場合は交換します。意匠上は替えた方がいいと思う場合は替えますが、ほとんどは残す。

だいたい、新しくて綺麗な方がいいという価値観の持ち主は私のお客様になっていない。

それならどうぞ新築して下さい、となります。14年前に初めて古民家再生を手がけだした頃は、色を合わせないとと思い、古木に色を合わせたりしていましたが、今はよっぽどのことがないとしません。

直したものは直したでいいじゃありませんか。「古い家に住んでいるんだから」。それを隠し、わからなくしてしまった方がいいなら、それを究極突き詰めていけば、新築がいいということになる。

歴史ある民家をできるだけ補修にとどめ、どこまで残せるか検討しながら、大事に残す。「新築と変わりませんね」などという再生がいいとは思わない。

「新築そっくりにできるからよかった」、そこにはコストが安くなったメリットしかない。そこには新築したかったが、お金がないからリフォームしました、というマイナスなイメージしかない。

私の場合は違う。新築より良くなるんです。味があり、歴史が残り、受け継がれ、そこに住む人は自分の先祖を感じる。自分の血脈を感じる。お金が安くなるから、新築より再生をするのでは決してありませんよ。

よくある相談が、「古民家が好きだが、自分は古民家を持っていない。だからどこかで探してきてそれを再生したい」、という相談。私の場合はそういう仕事はしません。

私の場合、古民家のスタイルも好きですが、それだけではなく、その家や祖先への尊敬や想い、これを再生するのが嬉しいのでやっているのです。

ま、理屈はいろいろありますが、最初に先祖やおじいさんやおばああさん、父や母、その一家の歴史をお聞きし、その家への想いを聞き、それを生かしていく。それが単純に楽しい。その想いに興味があるのです。

それにやりがいを感じるから、どんなに大変であろうがやれるのですね。その重みは新築とは比べ物にならないわけです。それは一概には言えませんが、古いほどやはり重い。

「古民家再生」という仕事は、感情と想いが深い仕事です。またそれがないとできない仕事です。手間がかかります。ちゃちゃとやって一丁上がりではできない仕事です。

だからじっくりと取り組み、そういうことが好きな建築家じゃないとできないと思います。逆に私の場合は、年間新築を何棟もどんどん設計するような仕事はしたくありません。

私はその「じっくり」が高じて、設計だけでなく、作るところまで自分でやる為に、新しい会社「小野コーポレーション」を立ち上げ施工まで全てやるようになったわけですからね。一件に最後まで全て自分でやり責任を持つという。

また、私は築後30年の家のリフォームと100年以上経過したような再生は全く別なものと考えています。作りも全く違います。

現在日本にある40年~50年経過した家は、あと50年経っても古民家とはなりません。そんな建て方をされていない。高度成長期。この時代に建った建物は古くなるほど味が出るものはほとんど使われていない。新建材のオンパレード。

スクラップ&ビルド。使い捨て、30年ほどもてばいいと思われて作られたものは、時代を経て価値が上がることはない。

私は一応、今から80年以上前のものを「古民家」と定義しているが、その頃の民家はできるだけ、長持ちするように、手間をかけ、材料を選び、場所を選び、一世一代の事業としてやっている。それが伝わってくる。

戦後でしょうね。とりあえず作れと。だから戦後の民家では、特殊な事例以外は、そういう残すべき建築的価値がある民家は皆無です。人間的な感情や、想いの部分で残したいというものはあるでしょうが。建築として考えた時にです。

だからこそ、古き良き「古民家」には今や希少価値もあるのです。

|

« 古物を捨てないでできるだけ生かす | トップページ | 古民家再生一期 部分竣工~その1~ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 古いものを生かす~その2~:

« 古物を捨てないでできるだけ生かす | トップページ | 古民家再生一期 部分竣工~その1~ »