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2012年12月12日 (水曜日)

撫川城~戦国の城~

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岡山と倉敷の中間あたりに撫川というところがある。庭瀬近辺である。

所要で行った時に地図上に城があったので立ち寄った。

岡山に長く住んでいるが、勉強不足でこの撫川城という城自体を知らなかった。

調べると、羽柴秀吉の備中高松城水攻めの際、毛利方の防衛拠点として築かれた城、ということであった。元々このあたりは沼で、沼城とも言われたとのことだ。

確かにこの近辺は水路だらけだ。それは人の手が入ったものだというのも面白い。ただの川ではないのだ。

写真一枚目は「堀」である。お堀といえば、普通石垣があり、かなりの幅があるイメージだが、こんな水路のような小さな「城のお堀」なんていうものを見たことがなかったので、とても興味深かった。

中には移築されたという門と、後年建てられた神社があるだけだった。

岡山は吉備の国といい、太古の昔から人間が好んで住んだ地である。私のすぐ近所に「二万(にま)」という地名があるが、これは白村江の戦い(天智天皇の時代、朝鮮に出兵)の時、ここに二万人の兵士が集められたことに由来しているという。

今は山里であるが、千数百年昔にこのあたりに兵士が二万人。なんともロマンを掻き立てる話だ。岡山、特に総社近辺はそういう話に事欠かない。

岡山は、いつも天候が良く、天気の日が多い。交通の便が良く、風災害が極端に少ない。三本の大河があるため水の心配もない。雪も積もらず、地震もなく、台風もほとんど直撃しない。

そういう恵まれた環境で、良いうようだが、その代わりに、助け合いをしない、冷淡、自分勝手、こらえ性(忍耐力)がない、努力しない、と、他県から来た方には甚だ評判が悪い。

県外に13年出ていた私も、他県を知り、客観的に岡山を見ると、悪く言われる方の気持ちはわからないでもない。

人間厳しいところで鍛えられないと、ろくなことはない。




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