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2015年7月16日 (木曜日)

倉敷土曜夜市に行きました。

Dcf00007Dcf00006今年も倉敷の商店街で行われる土曜夜市の季節がやってきた。

私は夏生まれなので夏がめっぽう好きだ。暑さには強いが、逆に寒さに極端に弱い。

土曜夜市に来ると私の大好きな夏が来たな、と思うのである。

今は真備町に住むが、元来、子供の頃は倉敷の中心地に住んでいた。親の仕事の関係で真備に引っ越してきた時には、何が悲しくてこんなところにきたか、と思ったもので、その思いは今でも永遠と続いている。

子供の頃には親によく土曜夜市に連れてきてもらった。勿論、商店街は自宅から徒歩でいける範囲で、倉敷の商店街や美観地区は、子供の頃の私の活動の拠点だった。

だから今も倉敷に毎日来るし、何をするにも倉敷に出る。また、好んで倉敷の仕事をする。あまり真備町の仕事は好んでしない。倉敷へ来ると帰ってきたと思う。真備からは車で15分程度だが、真備は真備で倉敷ではない。数年前に行政区は倉敷市ということになったが、私の中では、真備、玉島、水島、児島などはやはり、真備は真備、玉島は玉島であり、水島は水島である。倉敷という認識はない。

私の中では、あくまで倉敷とは倉敷駅、美観地区を中心としたあの周辺に限られる。そう、小学生の頃まで、私が生まれ育ち、遊びまわった場所である。私は同心幼稚園、万寿小学校出身である。あくまでその周辺。

真備の小学校に転校してきたとき、なんでこの田舎のやつらは長ズボンをはいて鼻をたらしているんだろうと思った。7クラスある学校から1クラスしかない学校に越してきたのだ。最新の鉄筋の校舎から木造校舎へ。私は一人だけずっと半ズボンで通した。大人になり、多くの海外も経験し、世界も見てきたが、子供の頃の世界が狭かったことを思う。真備も倉敷もそう離れてはいないが、その当時は世界の広さを知らないのだから、そのギャップは人生の価値感に影響を与えるほど大きかった(笑)少し、オーバーであるが・・。

私は高校を出て以来、九州や大阪など県外生活が長かったが、「ご出身は?」と聞かれると、「岡山」でも「真備」でもなく「倉敷です」と答えるのが常だった。岡山と倉敷は文化圏が明らかに違い、江戸時代から藩も異なるし、言葉も違う。別の国だったのである。

ちなみに倉敷はどこの藩にも属さない、幕府の直轄地「天領」だったのである。よってこれまた他と違う独特の文化がある。また近々に天領祭りがあるのでこれも私にとって、毎年欠かせない行事だ。

土曜夜市は近年すたれてきていたが、今年など私の子供の頃と同程度か、それ以上の人出ではないかと思う。正直驚いた。昔の活気が戻っているのではないかと。

倉敷をこよなく愛する者として、嬉しく思う。

また余談だが、数年前から車も倉敷ナンバーができて、私の所有する車も全て倉敷ナンバーとなりご機嫌なのである。中には岡山ナンバーのほうがよかったという方もいるが、私にはとんと理解できないのだ。



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