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2018年10月

2018.10.29

丹下健三氏と浦辺鎮太郎氏の作品が並ぶ街並み

D1巨匠、丹下健三氏が設計した、旧倉敷市庁舎。

現在の倉敷市美術館。久しぶりに訪ねてみた。

中に入ると、改めて思うが・・・・・コルビジェのパクリ(笑)。

(コルビジェとは、20世紀最も有名なフランスの建築家です)

この窓の深い切れ込みはまさに「ロンシャンの教会」を彷彿させる。

そしてこの赤、青、黄色等の原色の使い方も、コルビジェがよく使ったデザインである。

私は若かりし頃、二か月ほどフランスに滞在し、パリを中心にコルビジェの作品を実際に見て回った。

この時代、コルビジェは偉大でああり、1960年代は、これが許されたのであろう。

我々の世代も、直接的ではないが、コルビジェの影響を受けた先生方から、建築の師事を受けたので、結果的に、コルビジェの影響は大きいと言える。

特にコルビジェの著書は若い時、貪るように読んだのである。コルビジェの代表的な言葉に「機能と形は一致する」「住宅は住む機械である」・・・というような呪縛に、今でも心の奥底で縛られているのは事実である。

また、真っ白に塗られた一面のただの壁(笑)に美しさを感じてしまうのも事実である。

実際、意味のない、すなわち機能のないデザインの為のデザインをするとよく教授から、「このデザインに意味はありましたか?」というようなことをよく聞かれた。

いわゆるモダニズム建築の洗礼である。ポストモダンとなり、その後はなんでもありの建築業界であり、もちろん、私自身も機能を伴わないデザインをすることはたびたびあるが、実はいまだに心の中で少し良心が痛むのである(笑)。

そして、やはりいまだに、コルビジェからの安藤忠雄、槇文彦、谷口吉生・・・・といった直線を基調とした、シンプルなデザインをする建築家の作品が好きである。

ただ、住宅でそれをやると、たいがいは女性から嫌われる。住宅設計をやっていて、奥様に嫌われたら終わりである(笑)。やはり女性には、木を使った丸みのある、優しいデザインが好まれる傾向がある。

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このコンクリートのベランダ(笑)もコルビジェ。

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設計課題でやるような、シンプルな横梁の連続。

これだけばかしの梁の下部をわざわざのぞかせなくても、梁下に天井を張れば配線もできて楽なものを・・・わざわざ見せる。

私も木造でこれをよくやる。これはこれで美しいものだ。

ルイスバラガンの木造建築でもこの梁はよく見るが、彼もコルビジェの信者なのだろうか。

ただ、今見るとこれだけの大スパン吹き抜けを横梁だけ、しかも当時はプレストレスなどかけてない普通のRC梁だと思うが、耐震上大丈夫なのだろうか?と心配になった。

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玄関周りのリブ列柱。連続して美しいようであるが、見ようによっては冷たく、牢屋の縦格子のようにも見える。

ここからは、郷土倉敷を代表する建築家、浦辺鎮太郎氏の倉敷中央図書館。

浦辺氏は倉敷アイビースクエアの再生や、私の親戚でもあった旅館倉敷の再生、倉敷国際ホテル、今の倉敷市庁舎など、倉敷の代表的建物を設計した建築家である。

私は大学院の学生の時、教授から浦辺さんの事務所を推薦されていたので、日建設計に合格しなかったら、浦辺さんの事務所に入っていたかもしれない。

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鋼製の建具、サッシュ。

勿論、全て特注だが、近くで見るとコンクリート打ちはなしがうまくいかず、際をモルタルで塗りたくっているのが、痛々しく、苦労の跡がみえる。

ただ、自分の作品でもこういうリブや縦の上げ下げサッシュなどをよく使い、やはり若い時からいろんな建築を見て回り、気が付かないうちにその影響があるんだなあと思う。

建築をやっている人は、住宅設計しかしない人も、住宅メーカーが建てている建物やその辺のマンションだけではなく、名建築を見て回り、スケッチして勉強することをお勧めします。

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美術館と比べると、中はなんとなく温かみがあるデザイン。

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今日も倉敷川はいつもと変わらず穏やかに流れていた。

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2018.10.25

倉敷 屏風祭りと大原家本宅

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倉敷の旧家の所有している屏風を一般に公開する催し。

以前は単独でやっていたような気がするが、この阿知神社のお祭りに合わせて開催されるようになったのかもしれない。

庭先には生け花を飾られている旧家も多かった。花屏風ということか。

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装飾された鎧・兜を展示している家もあった。

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倉敷では有名な大原財閥。

倉敷中央病院や倉敷紡績、大原美術館などを作った、大地主、大金持ち。未だに倉敷駅近辺の一等地は大原家の借地が多い。


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その旧本宅。

金持ちここに極まれり、といった風情。

隣には緑御殿があり、倉敷川を挟んだ対面には大原美術館がある。

なんせ財をなした者は、美術館を作る。

金を持つと、美術品を買う。それが相当な数になる。結果、美術館を作る、というのも自然の流れか。

上記の写真はその宅地の中の景色である。まるで「街並み」である。これが、敷地内の景色なのである。こんだけ蔵を連ねて、何をそんなにため込んでいたのか?(笑)と思う。

そしてこの庭を見ながら当主は思索した、と説明書きが・・・。それはそれは大した金儲けのアイディアが湧いてきたであろう(笑)と思います。

もちろん大原家は倉敷の発展に多大な貢献をしたのは周知の事実。その美談は子供の頃からよく聞いてきたが、その裏にはこれほどの豪奢な生活があったんだと、妙にリアルに感じられた。

この旧本宅はずっと公開されておらず、いつも外から眺めていたが、最近公開されたらしく、500円の入場料を払って見学させていただいた次第だが・・・・

たぶんそのような贅沢な生活をしていたことを知られたくなくて、今まで公開しなかったのではないか?と思うのは邪推か(笑)。

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2018.10.22

大相撲総社場所を見に行きました。

A001先日、大相撲総社場所を見に行きました。

当日の客数は5000人とのことで、満員御礼です。

私はある方のご厚意で、最前列に近い場所で観覧することができました。

子供の頃から相撲ファンで、数年前の倉敷場所にも行きましたが、このように好きな力士に触れられるくらいの距離で観覧できたことに感謝です。

私は、大学の空手道部で副将を務め、その後も30年に渡り鍛錬、全日本空手道連盟公認二段の黒帯を持つ有段者です。

私自身、武道家、空手家の端くれと自負しております。

その目で相撲を見るとき、相撲とはある意味、最強の格闘技ではないか?と思ってしまいます。だいたい我々の渾身の正拳突きが彼らの中段に効くのか?(笑)ということです。

あの分厚い腹にどんな中段をぶち込めば彼らは倒れるのでしょうか?(笑)

そして力士が突進してきた時に、蹴りや突きをくり出したところで、現実にはどうにもならないのではないか?と思うのです。

相撲に興味がない方は、太った人が、押し合う(笑)、くらいなイメージかもしれませんが、実物を見ると、それが間違った認識で、力士の大きさと、そのぶつかり合いの迫力に驚くことでしょう。


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大好きな鶴竜。

亀に似ていて、とてもかわいい(失礼)(笑)ですが、小さな体でとても強いです。この日も、目の前を、行ったり来たりして、コメディな感じに見えて癒されます。ペットボトルを受け取る鶴竜。こういう場面も本場所では見られない、巡業だからこそです。

もう一人、好きな力士、栃ノ心。

この腕力。剛腕で強引に相手を釣り上げて勝つのは見ていて爽快。この日も何番もとっていました。

ご厚意により、大変良い場所で、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。

ありがとうございました。

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2018.10.10

台風21号の被災地大阪へ。災害は他人事ではない。

3週間ほど前の話だが、私は台風21号で被災した、私の恩人の家屋の復旧の為、大阪にいた。

テレビでは関西空港が使用できないほど被災した映像が繰り返し流れていた。

その後、すぐに北海道で地震があった為、ほとんど報道されなかったが、大阪の民家にも大変な被害が出ていたのだ。

大阪の私の恩人から、私が被災したことで、本当に心からのお見舞いのお言葉と励ましを頂いていたところだったが、まさかわずか一か月ほどで、恩人も、また同じように被災するとは思ってもみなかった。

この時ほど、災害はどこへ来るかわからないと、驚愕したことはなかった。わずか一か月で私がお見舞いの言葉を申し上げなければならなくなったのだ。

大阪は、大阪北部地震と台風21号によって瓦屋根が破壊され、ブルーシートのままの家が多く、地元の業者はパンク状態。ほとんどが修理は1年待ちという状況。恩人の家もそういう状況であった。

一報をいただき、取るものも取り敢えず

    「いざ、鎌倉」

との思いではせ参じた。

主人の一大事に駆け付ける武士の心境。

全てのことを後回しにし、段取りをつけ、スタッフを引き連れ、岡山から全て調達して高速を駆けた。

少しでも、いただいた御恩に報いたい、その一念だけ、それ以外の気持ちはなかった。

なんとか役を終え、安堵した。

その直後に再び台風24号が近畿地方を襲った。

   今の私があるのはその方のおかげ。

間に合って良かった・・・。

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