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2019年2月

2019.02.13

進む解体工事

D 真備にある私の会社には、本社をはじめ、第二事務所や倉庫など、色々と建物がある。

現在、その中で一番古い建物の解体を進めている。

ちなみに、この建物以外は再生すると決めて、それも現在進行中である。

久しぶりに一棟丸ごとの解体をするが、いつも解体時は、建築のはかなさ、無常を感じる。

無残にも叩き壊される建築。

建築を造る仕事をしている者が建築が破壊される行為を見ることは、やはり悲しいことだ。

これもこの建築が持つ運命。仕方のないことだが・・・。

建物が解体され、更地になるとこんなに広かったのか、といつも思う。

 今、真備ではそこらじゅうで解体工事がなされていて、本当に見晴らしが良くなった。あらゆるところで建物が歯抜けになり、スカスカだ。

公費解体は1000件以上の「待ち」の状態で、結局解体がされないと新しい建物も建たない。

解体を待っていて、どうしようもない、放置された空き家ばかりが目立つ。

復興は、どこか一軒が新築されて人が戻ってきて終わりではない。結局、地域のコミュニティーが回復しないとそこに住む意味がないのだ。

地域のコミュニティーとは結局、人との繋がり、ということだ。

たまに、車で真備近辺を見て回るが、まだまだ復興には時間がかかるな、というのが実感だ。

土手や河川の復旧工事も急ピッチで進んでいるのは見て取れるが、さしあったって、今年の夏までには、なんらかのメドをつけて欲しいものだ。

一年かけて復旧してきたものが、水の泡と化さないように・・・。

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2019.02.04

節分は一つの区切り

節分は運気が変わる一つの区切りである。新しい年の始まりである。

最近では「恵方巻を食べる日」ということになってしまっているのかもしれないが、私の家では昔からそんな風習はない。これもバレンタインデーなどと一緒の商業戦略であろうと思う。

節分明けとは、新しい年になることを意味する。建築の仕事をしていると、昔はほとんどの人が着工や引き渡しの日取りを気にした。私が独立した当時は、ほとんどのお施主様が、着工の日取りを見てほしい、と言われた。

建築吉日というのがあって、その見方も随分と勉強したものだ。ところが最近はめっきりとそういうことを気にされる方がいなくなった。

歴上、良くないという日があるのだが、二月三日節分は、全てオッケーと言われて、節分着工、または節分明け(二月四日立春)着工が集中することもあった。

また何かと「節分明けに」、とか「節分が明けたら大丈夫」とか言われたものだ。

今となってはあまり気にする人がいなくなった吉日だが、やはり節分明け着工はめでたい気がするし、気分もいい。

今年も、節分明け着工のお客様がおられますが、弊社の建物の一つも節分明けに解体に着工します。解体こそ関係ないと言われますが、何かと節分明けといういうのは気分的にも気持ちのいいものです。

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