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2019年4月

2019.04.20

2019 リフォームフェアに参加

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本年も山陽新聞社様主催の「リフォームフェア」に参加しました。

第一回からの皆勤参加です。

今年もスタッフが一生懸命考えて全ての企画を行いました。

小野瓦工業所として参加していますので、蔵風の展示と、瓦葺きの実演と、いい感じです。

私は少し顔を出した程度ですが、結構な数のお客様が足をとめてお話を聞いてくださっている様子が伺えました。

ありがとうございました。

 

 

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2019.04.16

あり得ない光景~パリ、ノートルダム大聖堂の火災~

突然、あり得ない光景がテレビの画面に広がった。

911テロでアメリカの象徴が崩れ落ちた時と同じくらいの衝撃が走った。

フランスの象徴の一つ、ノートルダム大聖堂。もう1000年近くもそこにある、歴史的建物。

 

ショックだ。

 

若かりし頃、二か月、フランスにいた。ここノートルダムの近くに宿を取り、

そこを拠点にフランス全土を旅した。

ノートルダムがある、セーヌ川沿いの景色は、それはそれはどこから見ても西洋絵画そのもので、

景色自体が芸術品である。

その一番のシンボルが・・・。

あの美しいステンドグラスも失われたか・・・。

その喪失感は、新しい建物と比較して、比べられないほど大きい。

それは、歴史的建造物は、二度と同じものは作れないからだ。

それは形としては作れるかもしれないが、

その歴史までは作り直せないからだ。

 

建築とは儚いものである。あれだけの価値があるもの、多くの人の努力によって守られてきたものが

一瞬にして失われてしまう。

 

私は、阪神淡路を経験し、我がの事務所も以前、失火で焼失した経験がある。

そして今回の水害でも、多くの建物を失った。

この、二度と取り戻せない、という喪失感。

 

消防設備はどうなっていたのか、ここまで火災が広がる前に、止められなかったのか。

何もかももう遅いのだ。一度失われたものはもう戻らない。

ノートルダムはフランスを象徴する建物だが、否、フランスというより、我々東洋人にとっては

典型的なヨーロッパを代表する建築物、という認識ではないか・・・。

 

残念という言葉だけではいい表せない気持ちだ。

 

 

 

 

 

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2019.04.15

大好きな広島美術館へ来ました

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久しぶりに広島に出張した。

仕事の合間に、わずかな時間ができたので、タクシーで直行した。

大好きな広島美術館だ。この美術館は、私の古巣「日建設計」が設計したものだが、建物も素晴らしいが、

展示されている絵が、本当に素晴らしい。

 

 絵は大好きだ。

 

見ることも描くことも。中学、高校と美術部だった。いろんな絵を描いてきたが、

建築をやるようになって仕事で絵を描くのであまり描かなくなったが、子供の時から、ちょっとスケッチをしても

だいたいパースペクティブな絵になっていたし、まわりからはずいぶん褒められたり、賞をいただいたりしたものだ。

特に練習した記憶もない。手前味噌で心苦しいが、こればっかしは生まれながらの才能であろう。

 

いい絵を見ると癒される。絵とは、美とは、それは癒しである。

災害復旧で、自分では気づかないうちに、疲れているのだろう。だからこそ、絵を見て涙が出るほど、ため息が出て、癒される。

物を造る者にとって、絵を見て感動するという感性は非常に大切である。

また、美しい絵を見ることで、感性は磨かれる。

 

丸い外観の建物は、中もその通り、円を描きながら回遊する。館内は全て優しい光がで彩られている。

一つの絵の前に30分以上いた。

ここは本当に優しい絵がたくさんある。

 

私はシャガールが大好きなのだが、あの淡い微妙な色使いは、印刷を見てもわからない、伝わらない。真筆を見て、初めてこのように描いてあるのかと感動する。そして本当の色が伝わってくる。

印刷はどんなに巧妙にできていてもやはり力がない。

私は絵画を購入するときは、あまり高名な画家の絵は買えないとしても、できるだけ真筆を買うようにしている。もちろん美術館にあるような絵は、印刷を買うしかないが、あまり伝わってこない。

絵には描いた人の人生のすべてが注ぎ込まれている気がするのだ。そこから何か心に響いてくる。

 

絵を見るのに、難しい知識はいらない。心で感じるままでよい。

一番大事なのは自分が好きかどうかということだ。

 

そうやってできるだけ、忙しい仕事人生の中でも本物を見て、感性を磨く努力を若い時から続けてきた。

才能は生まれつきのところが大きいが、センスは努力によって磨かれる。

 

 

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2019.04.14

雨に濡れても・・・

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倉敷駅前にある、「アリオ倉敷」その隣には「三井アウトレットパーク」がある。

私の住まいから歩いて2分のところにあるので、もっぱらの散歩コースである。

写真のようなディスプレイがあった。梅雨の時期でもないのに珍しいなと思ったが、綺麗だった。

頭の中では名曲「雨に濡れても」が流れてくる。子供の頃からこの曲を聴くとなぜか楽しくなる。

別にこの映画が好きなわけではない。私は無類の映画好きだが、とくにこの映画に凝りはない。

 

  なぜ楽しくなるか?

 

幼少の頃。

親父が瓦職人で、雨の日は休み。たぶん母も弁当を作らなくてよくて、なんとなく、家庭内でもゆっくりとした時間が流れていたのだろうと思う。本当に忙しい家庭だったので、子供ながらに気が休まったのだろう。親父の弁当を作らないから、私の幼稚園の弁当もなし(笑)。それで、いつも近くのお店で、母が菓子パンを買ってくれた。

子供にとってこんな嬉しいことはなかった。ホットケーキ型のパンや甘いチョコレートの銀チョコパン。日頃はずいぶんと倹約していた母だったが、この時ばかりは、どのパンでもいいよと言ってくれた。

その古い記憶と、この「雨に濡れても」の曲が、結びついている。たぶん、このお店でかかっていたか、幼稚園で雨の日はこの曲が流れていたか・・・。今となってはもうわからない。

 

今、私が災害後住んでいる場所、倉敷駅近辺に当時も住んでいた。

私が通っていた幼稚園は移転して、今はその跡地は自動車学校になっていて、当時の面影はまるでないが、散歩がてらたまに近辺に行く。

わずかだが、記憶の彼方にその風景が浮かぶ。

 

この曲を聴くと、辛い時も、いつでも、楽しくなる。

子供の頃の記憶とは、不思議なものだ。

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2019.04.13

アンデルセンと桜

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しばらく更新していなかったら、ココログも使い方がずい分変わっていた。毎度どの器具でも思うが、果たして今の時代、バージョンアップしたものが使いやすくなったかどうか?というと、甚だ疑問だ。

慣れていないから、使いにくくなったと感じているのか、本当に改悪されたのかの判断はつかないが、なんせ車のナビ機能から始まって、アイホンの使い方から、パソコン、ブルーレイからテレビまで、年齢と共についていくのがやっとだ(笑)。

心がけているのは、できるだけ新しいものが出たらすぐに替えることだ。それなら変更点も少ない。ずっと使用している器具を替えないと、替えた時は浦島太郎だ。

 

表題と話はそれたが、現在倉敷も桜が満開。私の住まいから歩いて一分のところにある、アンデルセンの銅像も、満開の桜の中に。

災害後ここに住みだして、初めての春。

倉敷駅前にアンデルセンの銅像があることも、桜が植えてあることも、住むまでは気づかなかった。

 

私の会社も自邸も水害に遭い、本社をはじめ、多くの建物が被災した。この建物たちは、簡単に解体すればいいというものではなかった。私自身が設計をし、施工まですべてを我が社で行った「作品」だからだ。

「なんとか元の姿に戻そう」

会社の業務を停滞させないように、お客様にご迷惑をおかけしない範囲で、コツコツと我がの建物の災害復旧に取り組んできた。

災害後一年をめどに完全復旧する目標を立ててやってきた。

 

被災一年の7月7日まであと約3か月。

 

なんとかなりそうな目途もつき、山場は越えたと思っている。

 

この満開の桜を見ながら、春が来て、じきに、私の大好きな夏も近いことを感じた。

 

 

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