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2019年10月

2019.10.29

水害からの復旧~その7~まとめ

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この度の台風19号の被災地域に容赦ない雨が降り、水害を体験した者として、その不安と困難さが痛いほどわかるだけに、ニュース映像を見るのが辛い。

私自身が、被災から二週間経過した頃を思い出す。仮住まいのホテルに宿泊しながら、毎日、長靴と作業着で片付け。目が痛くて仕方ない。汚泥が乾き、粉塵が目に入り、朝起きると目が赤くなっていて、被災地へ入ると、痛みでずっと目が潤む。咳き込み、肺もおかしい。暑さで体力を消耗し、果てしなく続く作業に途方に暮れる。

このころはもうほとほと弁当やパンに飽きて、きちんと調理した暖かいものが食べたくなる。毎食弁当というのがこれほどきついものだと、初めて経験する。当初、なんとかなる、数か月で復旧できる、なぞと甘く考えていた幻想は崩れ去る。できるだけ明るく作業しようとするが、作業を進めるにつれ、己が失ったものの大きさに真に気づき始める頃だ。

一番こたえたのは写真やビデオを失ったことだ。己の建築作品や工事過程の写真は私の人生そのものなので、非常にショックはでかかった。またそれ以上に、家族の写真が泥まみれになり、貴重な思い出、人生の軌跡が泥に浸かっている姿は、想像以上に相当に私の気力を萎えさせ、叩きのめしてくれた。失った経済的損失以上に、二度と取り戻せないものを失うのは辛い。

経済的なものは己の努力でいくらでも取り戻せるが、努力してもどうにもならないものは喪失感が大きい。私は相当な映画好きだが、大好きな、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが、故郷の荒れ果てた農園帰り、復興を誓うシーンを何度も思い出していた。掲載した写真は、まさに真備町が地獄の惨劇となった、ごみの山である。道路上に山に積まれたごみの姿は、まさに爆弾でも落ちた後の戦場にしか思えなかった。この時は、「ランボー」のテーマ曲が頭に流れ、戦場で戦う戦士にでもなった気分で毎日被災地に入った。このような話を書くと笑い話のように聞こえるかもしれないが、そのような面白おかしい妄想でもしないと、毎日が生きていけなかったというのが現実である。

この時期、真夏であったので、ごみと汚泥によって大量のハエが発生した。それも見たこともないようなとんでもないでかいハエなのだ。セミではないか?と思うほどでかいハエ。高齢の方に聞くと、昔はこういうハエがいて、牛の糞を食べるハエなのだと。まさに汚泥はただの川の水ではない、汚水や油の混じった、まさに汚泥なのだ。

真備の時には、子供や学生が片付けの手伝いに入り、それがいい話のように言われた。それで実際に、原因不明で、子供の皮膚が赤く被れたり、熱を出したりする事例が多く発生した。何人もの医者に聞いたので間違いない。今日はニュースで、子供に作業させないように言っているところがあったが、それは正解である。被災地は危険極まりない。子供は保護し、できるだけ屈強な大人が作業すべきだ。今は秋なのでどうかわからないが、真備の場合は泥が乾いてきた頃が本当に悲惨だった。真備の町全体が遠くから見るとかすむくらい粉塵が舞い上がっていた。その中で作業するのは悲惨であった。

今の被災地は、もう寒さとの闘いとなっているのだろうか。すでにめいいっぱい頑張っている人に頑張って、とは言えない。被災者だから痛いほどわかる。ニュースで泣いている人を見ると本当に感情移入してしまい、私も辛くなる。気持ちが痛いほどわかる。暖かい言葉やボランティアの方の助けは本当に有難かった。しかし、苦労して築いた資産や生活、人生の思い出の品々を一瞬で奪われた、本当の苦しみは同じ目にあった被災者にしかわからない。私も離れている多くの友人から激励を頂いたが、一番癒されたのは少し前に別の災害で被災し、立ち直った友人の言葉だった。頑張って、とか元気出して、とかではない。

「大変やろ、俺も本当大変やったからわかるわ。一日一日できるだけでいいよ」

言葉は少ないが、本当に被災した人間にしか言えない言葉なのだ。この言葉に本当に救われた。何に苦しんでいるか、わかっている人間の言葉。私もまだ復旧のさなかにあるが、今復旧の佳境にある方に、

「いつまでも続きません。必ず終わりはあります」。

私は阪神淡路大震災時、西宮に在住していたので、あの阪神高速が横倒しになった場所から数分のところで被災した。その時も水道、ガスが使えない生活を半年以上した。大阪に出ると何事もなかったような生活がある。この度も倉敷に出ると、全く何もなかったような暮らしがある。災害は無情である。その時は大変だったが、阪神淡路の経験は、建築家である私にとって、しなくてはならなかった経験だと今は思える。建築とは何か?何のため建築の仕事をするのか?について深く考えなければならなかったし、その後の建築の仕事に対する姿勢が大きく変わった。

あれから四半世紀が過ぎ、もうすでに半世紀以上生きてきた私の今後の人生に、この度の水害はいかなる意味をもつのか?今はまだわからないが、二度の大災害を経験しても、決して屈することなく、復興していくことに意味を見出している。

この度の災害復旧もあと一か月で完全に終了する。

 

    「バケツ一つまで、必ず、全て、元通りに戻す」

被災から2か月後に私が打ち立てた誓いである。

あと一か月でその任務は完全に完了する。

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2019.10.25

水害からの復旧~その6~罹災証明や保険について

台風19 号の被害に遭われた方の、罹災証明や補償についてのニュースをよくみかけるようになった。

真備の場合、当初行政の対応は素早かった。真備はほとんどの地域が3m以上浸水しているのは明らかだから、被災した写真を見せて、身分証明書を出し、住所を言えば、書類を書いて、ほぼその場で全壊の罹災証明を発行してくれた。これは後々保険会社との交渉や、いろいろなところで補償を受けるのにずいぶん助かった。私の場合、自分でやっている暇がなかったので、一部、スタッフに頼んだが、委任状さえあれば対応可能であった。

全壊だと、新築すれば300万円、リフォームだと200万円を行政が補償してくれる。また、二世帯住宅の場合はどうなるか?二世帯分を出してもらえるのか?そのあたりは当時基準が明確でなかったようだが、どうやら建築的なことは関係なく、住民票の世帯主がそれぞれおれば二世帯、一人であれば一世帯とみなされたようだ。

今から思うと、この当時は、倉敷市役所の最上階の大会場で、受付をしており、まさに野戦病院、急場の戦場のようであった。復旧作業の途中で抜けて来ている被災者も多く、暑さと疲れ、不安、焦り、役所対応の不満等々で、大声をあげている人がそこら中にいた。みんな必死だった。私も当時は役所の対応に不満を持ったが、今から思うと、こんなことは役所の人たちも初めての経験で、県外からの応援の人もいて、受ける方も必死だったんだなと思う。

復旧しながらの、罹災証明の手続きは大変だったが、他の行政庁の話を見聞きすると、真備は被害が大きかった分、役所は迅速な対応を取ってくれたんだなと思う。だた、罹災証明の申請が遅くなった人は苦労したようだ。というのも、その後、詐欺まがいのことが発生し、他の家の写真を見せて、被害をたいして受けてないのに、全壊の罹災証明を取ろうとしたり、申請書に虚偽を書いたりという事例が多数起こり、役所は対応を厳しくせざるを得なかったようだ。

よって後から申請した人は現地調査を受けて、浸水深さや被害状況を確認してもらった後の交付となり、かなりの日数がかかったようだ。まさに悪人の為に善人が被害を被るという最悪のことが起こっていたのである。人が善意で行おうとしていることが、悪用される。役所の人と打ち合わせしているとき、私が、

「どうしてもっと早く皆さんに対応してあげないのか?」

というようなことを言うと、

「みんなが小野さんのように正義感が強い善人ばかりなら、僕らもここまでしないんです。でも実際は本当に悪いことをする人が多いんです。だから手続きが煩雑になるんです」

と本当に困った顔をされていた。

その時は一被災者として本当に怒りがこみ上げた。99%の人は善意の人で、わずかな悪人の為にみんなが被災して大変な時に、更なる大変な手間と苦労を、役所も被災者もしないといけない不合理。それが人間の世の中といえば、それまでだが、

「愚かなる者、その名は悪人なり」である。

話がそれたが、補償は床上1m以上浸水したか、が基準となっているようだが、真備の場合は、ほとんどが1m以上は浸かっている家が多く、この度の台風19号のように、1m以下の浸水が多く9割の人が補償対象外になるというような問題はあまりクローズアップされなかった。ただ、この基準は現実を反映していない。

1m浸水した人と80センチ浸水した人の被害はほぼ変わらないからだ。

だいたい普通規模の木造住宅の場合、1階だけならリフォーム代は、800万~1500万くらい(仕様による差が大きい)、標準だと、だいたい1000万少し越え、くらいで出ている場合が多い。これは80センチでも2mでもあまり変わらないのだ。なんせ1m浸水でも2mでも一階の壁、床はほとんど撤去しないといけないし、お金のかかる水回り、ユニットバスやキッチンは同じようにやり替えないと使い物にならない。(もちろん洗浄して再利用する場合もあろうが、それは浸水深さによる判断ではなく、ほとんどはコストの問題だ)、もちろん家具も全部だめになる。

更に、2階まで浸かると、建て替えになることが多く、リフォームするには1階だけ浸水した場合と比べると、費用がかなり多くかかる。

当然、行政の補償には限度があるから、全てを賄うことはできない。だが、今の基準では1mと90センチの人では大きく補償が異なる。全壊や半壊の違いでも、今後仮設住宅や家賃保証等々にも差が出てくる。そうすると相当な不公平感が出る。金額的被害としては同じなのに、補償されたりしなかったりするからだ。

私の提案としては、補償の総額は限度があってしかるべきだが、

①床下浸水

②1階床上浸水

③2階床上浸水

と分ければ不公平感はなくなると思う。実際の復旧にかかる費用で分けた方がいい。ただし、一階浸水を深さに関係なくすべて補償するとなると棟数が増えるわけだから、一件当たりの補償額は当然減ることになる。税金を際限なく投入する余裕は国にはないだろう。

また火災保険の方も浸水深さで基準を設けている場合が普通だが、今後見直して欲しいところだ。浸水深さより、復旧すにはどのくらい費用が掛かるかで判断したらどうか。見積もりを提出したりして、ある程度そうなってはいるが、浸水深さが浅いから、そんなに費用かからないでしょう?という論調はおかしいのだ。

また私は5つの所有建物が浸かり、保険会社も同じところではなかったので、個別にいろいろ交渉したが、これまた、交渉のやり方や、保険の在り方についていい勉強になった。保険会社によって全く対応も違った。

行政の補償は、あくまで見舞金のようなものと考えるべきで、たとえ全壊と認められて、補償を受けられたとしても、再建の総額からいうと、ある意味焼け石に水だ。当然、各々が自己責任において、己の資産を守るために、手厚い保険なり補償に入っておくべきだ。

ここ最近の日本の自然災害を見ていると、私は、いつ、どこで、誰の身に災害が起こってもおかしくない状況だと思っている。にも拘わらす、ネット上の書き込みには「ざまあみろ」「そんなところに住んでる奴が悪い」的な書き込みを散見するが、己だけは特別、災害には遭わない、と思っているのだろうか。

被災者のインタビューで

「数十年ここに住んでいるが、こんなことは初めてだ」

と多くの人が答えているのが、一つの回答であろう。

 

「他人事と、思うておることが、やがてや己の身の上にふりかかる世や」

肝に銘じたい。

 

 

 

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2019.10.23

水害からの復旧~その5~建築、既存部分をどこまで残して解体したら良いか

水害からの復旧。

台風19号の大洪水からはや二週間近く経過した。真備の大洪水からは一年三か月以上が経過した。

私の会社は90%物理的には復旧してきているが、一年前には元に戻るには果たしてどれだけの月日がかかり、どれだけのコストと人力がかかるか、先が見えない状況だった。今私が言えるのは、多難ではあるが、頑張れば一年で相当なところまで復旧できるということ。希望をもって日々のやらねばならぬことをこつこつとやっていくしかないと思っている。

さて、表題の解体作業についてですが、解体はどこまでやったらいいのでしょうか。

まず、業者に頼む前に自分たちでどれだけやったらいいか、これが迷うところです。もうリフォームはしない、建物を全て解体撤去して、新築する場合は、消毒などする必要もない。直後、家具などのゴミ出しを行い、周りに迷惑をかけない程度に片づけて、その後放置でよい。私の経験では、一割くらいの人は、直後に判断できた人もいたと思うが、多くの人は、たいがいは迷う、判断がつかない。それは、各人の家の被害状況にもよるし、築年数や構造にもよる。もちろん、家族の年齢や子供の時期にもよるだろう。そして、一番は経済的な状況、火災保険が下りるか、どのくらい下りるか等にもよる。よって被災者が100人いれば100人の事情がある。

解体する場合、甚大災害に指定されれば公費解体となる。順番待ちだが、必ず解体してくれる。自費で解体して後で請求することもできる。ただし、行政庁によって、塀や庭は解体範囲外とか色々ルールがある。岡山でも、塀は解体できない、とか庭木の処分はできない、とか言われた。結局私は自費で解体したが、行政からしたら、最低限解体してくれるだけでもありがたいと感謝しろ、ということなのだろう。被災者に寄り添うとは、そんなものだろう。

さて、被災住宅の解体だが、汚泥、汚水に浸かった部分から下は基本的には柱と梁を残して全て撤去するのが基本だ。ユニットバスやキッチン作り付けの家具なども全て。もちろん断熱材やプラスターボード類は一切再利用できない。また照明器具等も一度浸かったものは漏電の危険を伴うので再利用してはならない。

床上1メートル浸水とかの場合、途中でボードを切ることになるが、耐力壁が入っているところは、その耐力を失わないように、切って新しく継いだ構造用合板の下地にはしっかりとした横材をいれておかねばならない。それにCN釘でしっかりと打ち付ける。

しかし、できたらボードや構造用合板の切れ目まで撤去して、一枚ごっそりと継がないように替えられたらベストだ。汚泥に浸かったところから上30センチくらいは予備をみて、撤去したい。汚泥が染みて上がってきている所も多い。上の方から水が引いていっているので上の方ほど、浸水時間が短い。下の方ほど長い時間汚泥に浸かっていたことになる。これは、撤去しきれなかったところを3か月後に見ると、よくわかる。水が引いた直後はわからないのだが、例えば木に塗装してある部分など、浸水時間が短かった上部は、塗装が剥げるのはわずかだが、最後まで浸水していた部分は、ほとんど塗装が残らず、下地までボロボロになっている。

だから、浸水時間が長い、なかなか水が引かなかった地域ほど、建物が受けているダメージは大きいと言える。早く水が引いた地域と比べると、それは相当な差になる。

問題は外壁にまつわる部分だが、これを全て撤去すると建て替えた方がいい、となる。外壁は外から高圧で洗浄、内側からもできるだけ洗うしかないが、ラス板や防水紙の間に入り込んだ汚泥は物理的には取り除くことはできない。できる限り、タワシや歯ブラシで擦り、消毒していくしかない。ただ、リフォーム時、新たに内壁を作るわけだから、しっかり乾燥させて、カビさえ発生させなければ、汚泥がその後部屋内にまで浸透してきて、何か悪さをするとは考えにくい。

また、すべては量と加減なので、しっかり洗浄して、どうしてもできないところが多少残っても、ある程度は仕方ないとして先に進むしかない。結果、私の経験では、現在臭いや、カビなどの問題は起きていない。

 

 

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2019.10.21

水害からの復旧~その4~建築金物について

洪水の被害報道も少なくなってきましたが、いよいよ現地では、復旧も本番となってきていると思います。最初の疲れのピークも来ていると思います。焦っても仕方ありません。無理をするとこれからの長丁場を乗り切っていけません。寒くもなって参りましたので、ぜひ、ご自愛いただきたいと思います。とはいえ、私も、当初は休み暇なく復旧を行っていましたが、疲れがボディーブロー的に蓄積し、半年くらいしてから、体調不良に悩まされるようになりました。

ところで本日は建築金物について書こうと思います。

木造建築で構造上重要な役割を果たしているものに、建築金物があります。梁や柱、筋交い等を結びつける重要な役割をしています。これが損傷を受けると現代の建物は、地震時ひとたまりもありません。昔の在来工法は、大工さんの技で仕口加工し、オスとメスの形でがっちりと、しかもひずみや揺れ、乾燥収縮に追従するように、いい塩梅に固定されていたわけですが、今のプレカット工法の場合、仕口はスカスカで、金物がなければ留まっていません。よって金物でがっちりと固定する前提で、その耐力も計算されているわけです。その金物にもそれぞれ許容耐力がありまして、その規定、設計通りに現場で取り付けてあります。

問題はその金物、金属でできていますので、水に濡れれば錆びます。そして錆びると、耐力が落ちて、役を成さないわけです。通常金物は、濡れる前提でできてはいません。たまに雨漏りや、結露で濡れている場合があります。その程度でもいつも雨漏りがして、たえず雨がかかってしまったところは、錆びていることがあります。それでもこれではいけないと交換したこともありますが、どう表現してよいか、まだそれは綺麗な?錆びなのです(錆に綺麗もなにもないとは思いますが、、、)。ところが、この度のような、汚泥に浸かった金物の場合、しばらくして出てくる錆びは、ぼこぼこに金属が溶けたような、金属自体が変形したような、本当に汚いおぞましい錆びなのです。

私は、水が引いて、洗浄して、しばらくして、恐ろしく錆びてきている金物を見て、当初は驚きました。酷いものです。内壁や床を撤去していますから、全ての建物の金物を外せる限り外しました。その間に地震でもきたら目も当てられませんが。段ボール箱、何倍分、数百個の金物を全て撤去しました。そして、金物を撤去するとその裏側、ボルトやナットの間隅々まで、びっしりと汚泥が入り込み、張り付いている。よってまたそこを洗浄し、消毒しました。それから、地震があってはひとたまりもありませんから、新しい金物を準備して、付け替えました。注意することは、付け替える時は、全く同じ場所だと、ビス穴位置が同じになるので少しづらして、既存の穴位置をずらしてビス止めしないと、しっかり留まりません。

そこまでは順調だったのですが、恐ろしいことに一か月くらいすると、またその新たに付け替えた金物が、場所によっては錆び始めたのです。これには往生しました。乾燥が足りなかったのです。ただ、建物を洗浄して、金物をそのままにしておくと、恐ろしく汚く錆びた金物の錆で、木材も痛むのではないかと思います。かといって、早くに金物を撤去して、新しい金物を入れないと、全く地震耐力的には無防備な状態で、放置することになります。もちろん、金物がないので、周りで解体作業などが被災地では頻繁に行われますから、建物は激しく振動します。それが後々、建物のゆがみ、狂い、クラックにつながります。

結果的には二度目の金物が場所によって錆びたので、そこはもう一度付け替えました。ここからは私の判断ですが、やはり洗浄の時はとりあえず金物はそのままで洗浄する。一刻も早く洗わないといけないので、金物をいちいち外している余裕はないでしょう。そしてしばらくして(最低一か月以上乾燥させた方が良い)、金物を外して、新しい金物に付け替える。この時は金物の裏から洗浄しきれなかった汚泥が出てきますから、その部分は洗浄して、消毒をして下さい。その後、場所によって乾燥が足りなかった木材部分の金物はまた数か月したら、錆びてくるのでそこだけ取り換える。というのが良いと思います。

前回から申し上げておりますが、特別の事情がない場合は、建物の復旧は急いではならない。

真備の場合、店舗ですが、商売再開の為、急いでリフォームをしたのはいいが、カビと臭いが再発し、結局またお店を閉めて、リフォームしなおす事例があり、また住宅でも、早急にリフォームしすぎて洗浄、乾燥が不十分で臭いが消えない事例も見てきました。

くれぐれもご注意ください。

 

 

 

 

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2019.10.18

水害からの復旧~その3~洗浄の仕方

水害を受けた建物。

まずは泥まみれの家具を搬出。泥を袋に詰めて屋外へ出す。その後、洗浄。高圧コンプレッサーで、繰り返し洗浄。数日経過しこびりついた泥は、通常のホースをシャワーにした程度の水圧では到底落とすことはできない。ケルヒャーなどの高圧洗浄機で、繰り返し洗浄する。これが第一回目。取り合えずこの状態で消毒をする。

オスバンS。これはあまりきつくない消毒液で病院などでも手指の消毒などで使われるものだ。水害で使われるのは知れ渡っており、行政で配布されると思う。噴霧器も行政で貸し出すはずだ。希釈して使用する。注意してほしいのは必ず面倒でも、ゴーグルを着用して欲しい。何人かで作業している場合、誤って人にかかることもあるし、高所に噴霧していると自分にかかることもある。私の場合作業中に、他者が噴霧したオスバンSの直撃をくらい、ゴーグルをしていたにも関わらず、隙間から薬液が目を直撃した。直ぐに流水で洗い流し、眼科へ。大事には至らなかったが、その時にはその薬剤がどのくらい害があるのかもよくわからず、相当大騒ぎとなった。普通の人は薬剤の噴霧など慣れてはいないので、十分注意して行うようにしたい。

洗浄の後、乾かしてから薬剤噴霧が効果がある。乾いてないと薬剤が薄まるし、木材等の中に浸透しない。しかし、簡単に木材は乾燥しないから、多少濡れていても薬剤噴霧はしておくべき思う。ただしそれによってどれくらいの菌が死滅するかなど、研究など見つけることはできなかったので、こうしたらよいだろうという程度のことだろうと思う。オスバンSは人体にあまり害のない優しめの消毒薬だと思うが、その次に私はキッチンハイター、塩素系の薬剤で消毒をした。これは相当臭いがきついし、本当に人体にかかると有害だ。だから、使わないほうがいいという方もいる。しかし、みなさんお風呂のカビなどいくらこすっても落ちないものもこのキッチンハイターだと一発で落ちる。そして臭いもしばらくすると全くなくなる。だから、私はそれを採用し、キッチンハイターを柱や梁に降りかけて柔らかいたわしで擦り洗いすることを選択した。

問題はこれを何度繰り返すかだ。何回消毒すれば大丈夫かなんて誰もわからない。そして、これは時間との闘いだ。一か月も放置していると、本当にとんでもないカビだらけになります。洗いきれなかった部分のボードなどを後から撤去すると、その裏からとんでもない量のカビが発生している。結局私は、

高圧洗浄→オスバンS噴霧→キッチンハイターこすり洗い→乾燥(二週間~一か月)を5~6回繰り返した。

一度乾燥した木材をまた洗浄するのはどうかと思ったが、無垢の木は綺麗な水であれば結果としてそう痛まなかった。よって被災してから、半年以上洗浄と乾燥を繰り返した。そして最後の洗浄から二か月以上おいてからリフォームにかかった。現在結果がは良好で、臭いやカビは一切発生していない。

また、結局は外壁はどうすることもできないが、内部は柱と梁を残してすべて撤去した。断熱材、プラスターボード類は当然ながらすべて撤去。水に強い耐力壁の構造用合板も、結局は泥で変色して、もろくなっており、機能は低下しているのが明らかで、結局浸水した部分はすべて撤去した。

洗浄で一番苦労したのは、べた基礎の場合、コンクリートの立ち上がりのあるプール状態になるので、その洗浄水のくみ出しだ。それはポンプを色々と買ってきた試してみた。大方くみ出しは排水ポンプでうまくいったが、最後の数センチはポンプではくみ出せないから、ちり取りですくってバケツに移して運び出す。これは弊社のスタッフやボランティアの人の協力で行ったが、いったい延べどれくらいの人力がかかったか、とんでもない作業量である。でも、やるしかない。これが私が自然災害の被災はまさに近代社会における「強制労働」である、と言うのである。

また布基礎の建物の場合は、床下が土であるが、30センチは鋤取りをして、その上に綺麗な真砂土を入れ、この機にべたコンクリートを五センチくらい打っておくと完璧だ。

私の場合、会社をやっている関係で所有する多くの建物や車両、重機が水没したので、当初気が遠くなるほどの作業量と労働に打ちのめされそうになったが、被災ボランティアをやっている友人から、焦らず、

「今日できる分だけね」

と言われたのが、救いになった。「やった分だけは、進んでるから」、と言ってくれた人もいた。最後は人間はそのような人間の言葉や心遣いに励まされるのである。被災当初は毎日毎日復興の強制労働に加え、事業は事業で止めることは出来ない上、保険や罹災証明の取得、様々な役所手続きなど、今考えても、生涯のうちで一番の激務となってしまっていたと思う。

私は日建設計という激務の設計事務所で長く働き、独立してからも不眠不休で働いてきた時期があるが、それと比べても、ありえない量の労働と仕事量をこなしていくしかなかった。

自然災害は誰しも他人ごとではない。私もそれまでは他人ごとであったのであろうが、他人ごとだと思っていたことが自分に突然降りかかる。日本列島はもはやそういう場所になっているのではなかろうか。

 

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2019.10.16

水害からの復旧~その2~水害を受けた建物の片付け、注意点

台風19号で被災された方は、現在片付けに追われていることかと思います。去年の西日本豪雨は七月七日だったので、片付けも大変でしたが、それ以上に暑さに耐えることがもっと大変でしたし、暑さのせいで臭いも大変なものでした。

今は逆に寒くなり、夜は冷え、避難生活をされている方は、どうぞご自愛下さい。昼間は容赦ない片付けという労働、先が見えない状態で疲れも蓄積してきます。一気にやろうとせず、今日できる分だけ、と考え、長丁場になります。

堤防が決壊した近くの水はまだ綺麗です。もちろん水流で家の被害は大きい。ゆっくりと浸水していった家の場合、いろんなものを飲み込んだ泥水が来ていますから、相当に汚い。ガソリンスタンドが近くにあれば、その油が流失しているし、残念ながら汚水も混ざっている。わずかな量でも、それは相当に臭う。

私たちもそうであったが、テレビの映像では、裸足で歩いたり、素手で作業している方が多く見られるが、ぜひとも完全防備で臨んでもらいたい。

マスクはもちろん、介護用に使うような薄手の手袋をしたうえで、軍手やゴム付き手袋をする。長靴。そしてゴーグル。真備でも作業した後に、結膜炎になったり気管支炎のような症状を発症した人が多数おり、また今後発生するカビで肺を悪くしして通院しなければならなくなった人も多くいた。見えないカビや菌がいることを認識しなから作業すべきだ。水害の汚泥と泥水は川の水ではない。ただの泥ではない。相当に汚い。

私も最初認識がなかったが、この泥水の威力にその後苦しめられることとなった。建築の金物など、通常の雨水がかかった場合とは比べ物にならないような腐り方をする。その対策は後述する。

とりあえず、水害は1m浸かっても3m浸かっても、その復旧手間は大差ない。結局全てやり替えないと根本的な解決はしない。ただ、一階の天井までと、二階の床上まで浸水したかは、雲泥の差だ。一階の天井下までなら、リフォームする気力も沸くが、二階の床までやられると、その意欲もそがれる。一階までならそのまま二階を使用することができるし、二階に上がると今までの生活がそのままできそうな錯覚も持てる。現実はそんな生易しいものではないが。

二階まで水が来ると建築的にも、二階の床を洗うとなるとその洗った水は、一階へ落ちて、結局建物の内壁をほとんど撤去せねばならず、また、電気系の配管も天井裏を多く通っているので、設備系もほとんどやり替えなくてはならない。よってコスト的にも心情的にも新築の選択肢が強くなる。

浸水の程度が、一階の天井下までか、二階の床まできたか、それがおおまかな判断の指標になろう。

私の場合一階の天井下までの浸水、3m程度だったが、三階建ての本社ビル、平屋事務所1棟、二階建て3棟、平屋倉庫2棟、が浸水、全壊した。そのうち二階建て一棟は老朽化もあり、リフォームしたてだったが、解体する決断を早くにした。その他は迷った挙句、自分の建築作品でもあったので、解体するのは忍び難く、また築年数も10年以内のものが多く、リフォームすることにした。私は決断したら、あと迷わず進むほうだが、今回ばかりは、決断してからも何度も、新築したほうが楽だったと、リフォームをやめて建て替えることが頭をよぎった。

通常の方は、決断したら業者に頼んでやってもらうのだが、私の場合は、建築設計事務所であり、建設会社なので、我がの会社で復旧することになるので、変更はいくらでも可能がゆえにずいぶんと悩んだ。

とりあえず、自宅や個人の建物の泥出し、片付けに関しては、行政や国は全く何もしてくれない。これには失望した。当たり前、国民の義務とはいえ、これまで多額の税金を真面目に収めてきた身としては、もう少し支援をしてくれてもいいものを、と思わざるを得なかった。

行政がしたことといえば、出したごみを回収したことだけである。一番しんどかった泥出しや片付けは、己と社員、家族、知人、友人、ボランティアの方々と行うしかなかった。

まさに災害復旧は、現代社会における強制労働だ。やりたい、やりたくない、年齢、立場、健康状態に関わらず、容赦なく、強制労働させられる。これこそ、自然災害の不合理さ、怖さだと思う。

そして、家族や思い出の写真やビデオ。

これも、写真は水につけて保存したほうが良いとか、今考えるとデマが横行して、対策を間違った。実際は泥まみれのまま保存しておいて下さい。これもありがたいことに少し落ち着いた頃に、ボランティアの方々が専門的に写真復旧をしてくれていました。私の場合はほとんどの写真が、自分たちで洗ったり対策をしたが、やり方を知らなかった為に大方ダメになった。これは一番辛いことの一つだ。

また図面や、重要な資料などは、ほとんどが流失、破れ、泥まみれになり廃棄。残ったものは、仕事の合間に、被災後1年たった今だに、少しずつ乾燥し、コピーをとっている。ただし、大半が復旧できない。原因はカビだ。

またデジタルデータは、一番復旧できたものはCDに焼いたもの、その次はSDカード。USBやパソコンのハードディスク、外付けハードディスクはほぼ壊滅である。クラウドにあづけていたものは問題ないが、弊社の場合、まだ多くがハードディスク等に入っていたため、多くのデータが失われた。

ただ、このようにホームページやブログは問題なく動いているのは、情報発信としてはありがたい。

今日はこのあたりで。

 

 

 

 

 

 

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2019.10.15

水害からの復旧~その1~台風19号の建築被害、真備の経験から、一番に住宅においてしなければならないこと

長くブログの更新をしていなかったが、この度の台風19号の被害映像を見て、

居ても立っても居られない気持ちで筆をとる。

 

真備の被災者として、伝えたいことがあるからだ。

そして建築家として、建築の専門家として。

 

私は昨年の西日本豪雨災害で、全国的に有名になった真備で被災した。

本社ビル、倉庫や自邸など所有建物5棟が浸水、全壊し、車両も10台を失った。

あれから一年以上が経過し、現在建物は本社ビルをあと少し残してはいるが、ほぼ全面復旧し、

車両もほぼ全て取り戻しつつある。

 

しかし片付けから始まった復旧は、それは筆舌に尽くしがたい苦難の一年であった。

私自身が被災し、建築のプロとして、研究し、考え、実際に建物を我がの手で復旧してきた。

私とて、建築のプロフェッショナルとはいえ、地震についてはかなり詳しいが、

水害について、いかに建物を復旧していくか?なぞということは、

それまでは、考えたこともあまりないし、全くの素人同然であった。

 

世間、建築の研究も、地震のことについては多くの論文等あるが、水害についてはほとんど見当たらないのが

実際であった。

結局、わずかな情報を元に、手当たり次第に、実際にやってみるしかなかった。

そして多くの反省点もある。

 

建築の専門家であり、被災者である私が一番に伝えたいことは、

   建物は急いで復旧すべきではない!ということ。

まず、行政、罹災証明の判定をする役人、火災保険に入っている方は、保険の鑑定人に酷い状況を見てもらうべきだ。

綺麗に片づけてしまうと、軽い被害と勘違いされる可能性がある。

悲しいかな、所詮、判定する人も人間であるから、印象が査定に反映されてしまうのは

仕方がない。

とはいえ、泥は早急に洗い流さないといけないから、痛しかゆしだ。

 

そして私が一番心配したのは臭いだ。

洗浄し、消毒をしても臭いが取れないのではないかという不安。

臭いは?カビは?健康被害は?

そして、リフォームか新築かで迷うのはみんな同じだ。

 

結論を言うと、臭いの心配はしなくても良いです。

そんな情報さえ、当時はなく、聞く人もおらず悩んだものだ。

 

洗浄と乾燥の程度によりますが、私の経験上、現在、全く臭いに関して問題はありません。

とにかく、復旧を急ぐあまり、洗浄、消毒、乾燥が不十分であれば、必ず後で、臭いとカビの問題で

住めない状態になります。もう一度やり直さないといけなくなります。

だから、復旧は急いではダメだ。十分に乾燥させなければならない

芯まで乾かないうちにふたをすると、必ずカビが繁殖する。

 

またあまりに古い家は水に浸かったダメージを相当受ける。

もともと家が脆弱だからだ。

真備では建築後30年を越えていた家は撤去、新築のパターンが多いように思う。

また、集成材やパネル工法で建てられた家は、接着剤が溶けて、復旧できない場合が多い。

私が設計してきたような天然無垢の柱や梁は少々水に浸かっても大丈夫だ。

 

そして私を一番悩ませたのは、建築の技術者として、ありえないこと、通常雨や水に絶対濡れないように

細心の注意を払ってきた室内。もう30年も建築をやっているが、その室内に、水をぶちまけて洗浄するという行為。

洗浄しなければならないとはいえ、高圧のコンプレッサーで室内を水洗いする

これには相当な心理的抵抗があった。

 

今日は概念的な話になりましたが、復旧の、具体的な手法や内容は、今後このブログでお伝えしていこうと思います。

少しでも、私の建築家としての職能と被災者としての経験が、今後水害復旧される方の参考になればと思い筆をとりました。

 

 

 

 

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