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2020.05.03

阿智神社に登る 倉敷を見渡す

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久しぶりに阿智神社に登った

子供の頃はこの石段で、ジャンケンをして、競って登った懐かしい場所だ

倉敷中心部に住まう幸せに浸れる場所でもある

コロナ騒ぎのせいで、行くところがなく、散歩していると、同じような人たちに多く出会う

少し汗ばんで、5月の風が心地いい

そしてこの景色だ

倉敷の街は美しい こんな街は他にないと思っている 江戸時代の建物、明治、大正、昭和、西洋モダン、ポストモダン、様々な歴史的な建物が混在しているにもかかわらず、それが絶妙に調和している

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今日も連休中日にも関わらず、観光客は全くいないような状態 

会うのは私のように運動不足解消か、する事がないのか、ステイホームに飽きたのか、そういう人だけだ

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美しい倉敷川の景色

一年で今の時期が一番散策にいいし、柳の緑も美しい時期なのに、、、

ただ私としては、ありがたい

こんな、ある意味で、自然な景色に、本当に、江戸時代の人間になったつもりで歩く

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私の祖先は武士であったが、江戸後期には、木材問屋となり、高梁の奥から材木を切り出し、この倉敷川を使って出荷していたときく

ちょうどこの美観地区の辺りが最終の荷揚げ場所となり、多くの蔵が建ったわけだ

ずいぶん成功し、豪商となり、貴族院議員まで務めた者もいた

しかし、その後先祖は大没落して、相当な辛酸を舐めたようだ

私がこの辺りに愛着を感じるのは、幼少の頃生まれ育ったからだけではなく、そのような祖先から引き継がれたDNAが心地よく感じるからなのかもしれない

最近は、真備の本社は幹部に任せて、私はほとんど倉敷の拠点にいて、倉敷事務所で仕事をしている

縁もゆかりも愛着もない真備の地にいるのとは精神衛生上も全く違い、倉敷にいると、仕事もはかどり、新しい発想も湧くのだ

仕事は、自分の心地よい場所でするに限る

 

 

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