カテゴリー「独立・起業/仕事」の記事

2018.11.09

独立・起業20周年~瞬きの中20年~

早いもので、本日で独立・起業して、20年になる。

毎年この11月9日が来るたびに、ブログを書くが、一年たつのは本当に早いものだし、そのスピードは年々早くなってきている気がする。

独立したときは若干30歳であったが、瞬きの中、20年があっという間に過ぎ去り、50歳を過ぎた。

私は信長が好きで、「人間50年」と思って生き急いできたので、もう全てのやるべきこと、やらなければいけないことをやり終えたつもりでいた。

独立してはじめた古民家再生の事業は軌道に乗り、自分の建築作品も作ったし、本社ビルも建てた、自邸も設計し、好きな車にも乗ってきた・・・

今年は独立20年なので、なにか記念行事、事業でも行おうか・・・

と思っていた矢先に、この度の水害である。放っておくわけにはいかないので、当然復旧作業をすることになる。

人生は何があるかわからない。

最近思うことは、私の人生は、子供の頃から思っていた50歳で一度終わったのであろう、と。

そして、この水害は、ここからの第二ステージでの己のなすべきことを、なんらか示唆しているものであろう、と思うようになった。

30歳で独立したときはただの設計事務所としてはじめたが、最初の10年で、自分のやりたいことができる組織やネットワークを必死で作り、その後の10年で、自分のセンスで建物を本格的に作ってきた。

50歳で終わる予定の人生が、まだあるようだが、もう思い残すことはなく、セミリタイアしてもいいかなと思っていたら、この水害である。いやおうなしに復旧の仕事をさせられる。

その尊い仕事の中で、再び己が成すべきことが見えてきた。水害はその良いきっかけになった。水害という究極の状況がなければ、自分が本当にどうしたいのか、曖昧なままだったかもしれない。

これからの10年。その後の10年で自分の成そうとしていることを見据えた基盤づくりをしていこうと思っている。

こつこつと地道な努力を重ねていくことが私の信条である。

・・・・はて?結局お前はいつまで仕事をする気なのか?(笑)

結論的には、私は仕事が好きなのだと思う。

私は、定年がない仕事をしていてよかったと思うのである。

※ちなみに・・・

とりあえず、水害というイレギュラーなことがあり、今は復旧、復興の日々なので、記念事業は一年延ばしになりますが、必ず行う予定です!!

|

2017.11.09

独立・起業19周年。

本日で独立・起業して丸19年となった。

若干30歳で、天下の「日建設計」を辞めて、裸一貫、たった一人で、建築設計事務所である「小野明一級建築士事務所」を開設した。

当時、設計業界最大手「日建設計」を辞めると言うので、周囲からは、馬鹿だのアホだの、どうせ失敗するに決まっている、等々、散々な言われ方をしたのを覚えている(笑)。

その後、総合建設会社「株式会社小野コーポレーション」を起業し、家業である「小野瓦工業所」も引き継いだ。

都合、三つの業態の会社を経営する経営者として、19年間歩んできた。

建築家としても、多くのお施主様、業者様に恵まれ、多くの作品を造ってきた。

独立・起業した者の90%が、5年以内に廃業、または倒産するというデータもある。

私は運が良かったのであろう。

もちろん、私自身、誰にも負けない努力をしてきた、という自負はあるが、この不確実な世の中、それだけではなかろう。

本当に多くの人に恵まれてきた。お施主様はもちろんのこと、スタッフのみんな、業者の方々、皆様に本当に助けて頂いてきた。

明日からは節目の20年目に突入する。

その感謝の気持ちを忘れずに、今まで通り、己の信じた道を、正直に、真面目に、コツコツと、焦らず、武骨に、

一歩ずつ、歩んでいきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.22

倉敷で仕事をするということ~倉敷事務所開設から一年~

Dcf00182倉敷事務所で仕事をするようになって、ちょうど一年が経った。

サラリーマンを辞めて、独立・起業してから今年で19年になるのだが、当初からの夢を叶えるのに、ずい分と回り道をして、やっと実現したのが去年だ。

元々、倉敷中心部に住み、万寿小学校に通っていたから、やっと元に戻った、と言っていいだろう。

本社自体を倉敷中心部に移転したいところだが、既に真備でどっかりと(笑)拠点が形作られてしまったので、今更なかなか難しい。

それでも、私は、週の半分は、本社で仕事をし、半分は倉敷事務所で仕事をしているので、充分満足している。

倉敷事務所にいるときは、多くはメールや電話でやり取りをする。当初は大丈夫か?と思っていたが、充分会社は回っている。

倉敷事務所では、集中して何かを考えたり、自分しかできないことを人に煩わされずに取り組める。

一番いいのは、気晴らしに、大好きな美観地区に行ったり、イオンやアリオなどに気軽に行けることだ。少し散歩をしたり、お茶を飲んで気分転換もできる。

起業し、しばらくしてから古い物を直すことを生業にしようと思ってから、美観地区は勉強の場だった。古民家や蔵がどのようにできているのか、そしてどのように痛み、修復されるのか、そして、江戸時代からある意匠を学ぶのに、かっこうの場所だった。

繰り返し、繰り返し訪れ、スケッチをしたり寸法を起こして勉強した。今はずいぶんとそういう機会は減ったが、民家が店舗に生まれ変わったり、どんどん変化していく美観地区を、ことあるごとに訪れ、観察するのは勉強になるし、興味があるので楽しい。

やはり興味があること、好きなことを仕事にしている者は強い。嫌いなことを仕事にしている人が歯を食いしばって努力しないと身につかないことを、好きであれば、あっという間にどんどん吸収してしまう。

好きこそものの上手なれ。昔の人はよく言ったものだ。

Dcf00183

散歩するのに、ほど良い季節になってきた。観光客も多く、気持ちよさげに船で倉敷川を遊覧していた。

案外に私のような地元人は一度も、船や人力車には乗ったことがありません(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.21

仕事ができない人の罪。

最近マスコミを賑わわせている、秘書を罵倒した議員さんのお話。

ほとんどのマスコミはこの議員を袋叩きにし、謝罪してもまだ許さない、という論調だが、私には全く理解ができない。

この秘書は、支援者の名前を間違えたり、道を間違え時間に遅れ、悪気はなかったと言う。政治家にとってこれほどの痛恨のミスはない。すべての信頼を失うようなミスだ。

この秘書の無能さは責められないのか?

しかもこの秘書は、密かに録音しマスコミに垂れ込んでいる。自分が無能で、仕事のできないことを棚に上げて、だ。

なんと卑怯で、卑屈で、ずるくて、情けない、惨めな男か。

罵倒した議員も非はあるが、なぜこの男は批判されないのか、私は皆目わからない。

仕事ができない、とは、これはまさに社会悪だ。

みんなに迷惑をかけ、社会に迷惑をかけ、そういう輩に限って「これで人生なんとかなってきた」などとのたまう。

それはそのケツを拭いて苦労している者が周りにいるのであって、それだけで周囲に、社会に、迷惑をかけている。

仕事で失敗するつもりがなく、一生懸命やっているから許されるのか?断じてそんなことはない。一生懸命やっているかどうかなんてどうでもいい、結果が全てだ

誰だって人間として生まれて社会人となったなら、仕事で失敗し、人に迷惑はかけたくないだろう。世の中の役に立つ人間になりたいだろう。気持ちは一緒だ。だからこそ、泣く前に、腐る前に、必死で努力して失敗しない、間違えない実力をつけるように頑張っているのだ。

それができないのは努力が足りない。以外の理由はない。自分が努力していても、周りのできる人はもっと努力しているのだ。見えないところで。

この秘書は、徹夜してでも宛名が間違っていないか目を皿のようにして、繰り返しチェックし、道を間違えないように前日に地図を見るなり、シュミレーションをし、絶対に時間に遅れない対策を打たなければならないのだ。

その努力をしていても、間違えれば努力してない人と同じになってしまうから、絶対に間違えない、そういう努力をしないといけないのだ。

給料をもらって仕事をしている限り、それはプロということだ。ボランティアでも、アマチュアでもない。プロフェッショナルだ。

プロフェッショナルとは言い訳できない、結果だけが問われる厳しい世界なのだ。

最初から仕事ができる人間はそういるものではない。迷惑をかけて、失敗をして涙した日もあるのだ。その悔しさをバネにして、絶対に人の役に立つ、仕事ができる人間になろう、と根性を持ってこつこつ努力し、やっとプロフェッショナルになるのだ。楽しく仕事をするのは結構だが、この努力を忘れてはならない。

仕事に妥協や甘い話はない。

その努力をしないで、のうのうと仕事をしている者は、給料をもらう資格はないどころか、仕事をやめたほうが世の為人の為だ、と私は思うのだが。

(追記)

それにしても、最近の報道の徹底した個人攻撃はいかがなものか?優秀な美男美女を、以後、将来立つこと能わざるほどに、徹底的に叩きのめし、追い込んでしまう。

確かに本人らに非はあるのだろうが、それほどまでに徹頭徹尾、連日に渡り、みんなで袋叩きにする必要があるのか。妬みか、嫉妬か、引きずり降ろして溜飲を下げているのか。

なんともこの日本という国が、窮屈で世知辛い国になってきた気がするのは私だけか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.19

さようならCLS550

Dcf0015910年乗った、メルセデスベンツCLS550を手放すことにした。

このベンツは、私が最初に買ったベンツで、その後必要に応じて他にも車には乗ってきたが、このCLSだけは手放せずにいた。

最近では、ほとんど乗ることはなく、車庫の中で眠っていることも多かった。

バッテリーが上がらないようにエンジンをかけ、近場を走る。

10年で3万キロしか乗らなかった。厳重に管理され、ほぼ無傷、新車同然の姿である。

まだ30代で、お金もないのに無理して買って、見栄を張った。しかし、今から思えば、それがよかった。ベンツに乗っているのだから・・・と、それに見合うだけの仕事をしようと思い、休みもせず、遊びもせず、がむしゃらに働き続けた。頑張れた。

10年前はまだ、ベンツに希少価値があった。

このベンツに乗ってから、運が良くなった気がしている。だからこのベンツだけは手放せなかったのだが・・・。

その後、私もいろいろな車に乗ってきたが、このベンツCLSが納車された時の感激に勝ったことは一度もない。起業したときに立てた目標の一つを達成した瞬間だった。

「もう、いいだろう・・・」と。心の整理がついた。十分なお役目を果たしてくれたし、バックカメラもなく、セーフティーパッケージもついてない。

今の安全なベンツに乗りなれた私がたまに乗ると、危なく、危険を感じるようになった。

この10年のメルセデスの進化は目を見張るようで、全く素晴らしいものがある。

ただ、車としての基本的性能はどうか。

今乗っても、このCLSのエアサスペンションの乗り心地は極上の極みで、ベントレーにも引けを取らない。また、V8エンジンの奏でるエグゾーストノートは、酔いしれるほどのいい音である。聴き惚れるようなエンジン音である。

内装の木目は、メラミンを張り付けたような安物ではなく、本当の木を職人が削り出したものだ。そしてこの車のデザインは今見ても斬新で、素晴らしい。メルセデスの転換点となった車だと思っている。

ハーマンカードンのオーディオが奏でる音は、車内を、最高の音楽ホールに変える。

私がメルセデスフリークになった原点の車である。

出会いがあれば別れがある。私の貴重な40代を共に過ごしたこの車に感謝の気持ちしかない。

私にとって、「車こそ、我が歴史、我が人生」なのである。

ただの機械ではない、そこには思い入れの深さがある。

ドナドナされていく後ろ姿を見て、うっすらと涙が浮かんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.01

倉敷事務所からの眺め

Img_0209

倉敷事務所からの眺め。八月が始まった。
夏真っ盛りである。夏生まれの私は夏が大好きで、どんな猛暑であろうが、夏バテをしたことがない。
夏は暑いほど元気である。
そのぶん、冬にはめっきり弱い。
だから、いっそのこと、ハワイか沖縄に移住したいくらいだ。
倉敷事務所を拠点として、はや一年が経とうとしている。
ずいぶんと生活が変わった。
子供の頃からの夢が叶い、嬉しい限りだ。
子供の頃、真備へ連れてこられて(笑)「必ずや、再び、倉敷に戻るんだ」と
誓って以来、40年近くが過ぎた。
私は相当執念深いし、絶対に諦めないタイプの人間だな、と自分で呆れることもある。
しかもひつこい。
夢はあきらめねば、こうやって、こつこつ、こつこつやって、叶うのだ。
悔しい思いをしたことは、何十年かかっても、必ずリベンジする。
それがモットーだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.05.27

目標の完全なる達成~高知にて坂本竜馬に報告~一つのけじめ

Dcf00646○坂本竜馬に会いに来た。

何か思うことがある時、10代の頃から、何十回となく訪れてきた、桂浜。

私は、竜馬が死んだ年齢、31歳で独立・起業した。

当時、まだ何者でもない自分。

その年齢までに竜馬は己の思うところをほぼ成し遂げて逝った。

なのに自分は・・・己のふがいなさの中、誓いを立てた。

勿論、この場所で。

あれから20年近くの歳月が流れ、自分でも信じられないが、私もとうとう50歳となった。

○「50歳までに、己のやろうとすることを全て成し遂げる」。

また、私は子供の頃から織田信長を信奉しており、信長が49歳で本能寺で死んだことから、私も49歳までに、己のやろうとすることを全てやり遂げることを目標としてきたのだ。

よく人生の計画を、平均寿命の80歳まで生きるとして計画する人もいるらしいが、もし途中で死んだらどうするのだろうか。自分が早死する可能性は想定に入っていないのだろうか。

そして私の場合、大学生の時に立てた目標、人生において、己の成そうと思っていたことを、予定通り、49歳で全て達成し、やり終えた。

だから、若い時から、とりあえず、のんびりしている時間は皆無であった。たぶん平均の人間の3倍以上は、体力的にも精神的にも、勿論、時間的にも働いてきた。人より質、量共にやらないと50歳までに己の目標は達成できなかったからだ。

○建築家として、己の設計事務所で作品を造るアーティストとしての仕事をしながら、施工会社や家業など、会社経営者としても多忙を極め、何足ものわらじを履いてきたのだ。

  本当に生き急いできた。

そして、49歳で予定通り、目標を達成したので、要は50歳以降は、私の人生の計画になかった、「残り物の、余分の人生の時間」ということになる。

だから、50歳を区切りに「リタイア」することも考えたが、20年近く命がけで事業をやってきたので、いろいろな社会的責任があり、たくさんのお客様がおられ、スタッフもおり、会社もあり、簡単にやめるというのは、なかなか難しいことであることもわかった。

それで、ここ数年は、スタッフに実務の多くを任せ、私自身は、総合的に会社をみる形にしている。

○これは、完全なる「リタイア」とは言えないが、「セミリタイア」とは言えるのではないか。

勿論、準備期間として、ここ数年に渡り、スタッフ教育をしっかりと行ってきた。私の仕事のやり方、考え方、ノウハウを今まで以上に厳しく教え込んできた。

弊社のスタッフは辞める者がほとんどいない。皆、勤続年数が長く、長らく私と付き合ってきたので、しっかりと私の考え方は、心の芯まで浸透している。

建築家・小野明としての仕事はスタッフにはできないが、それ以外のことは何でもできるような体制に会社はなっている。

ということは、すなわち、スタッフの力と能力は以前より、相当に向上し、もうしばらくすれば、私などいなくても、皆、どこででも食っていける、本当の「力」を身に着けた、最強のビジネスマンになっていることだろう。

  私から多くを学び取り、そうなっていって欲しい。

無論、それが今後の私の夢であり、喜びでもある。

○そして、社長一人が最前線で働くワンマン会社より、

  結果的にはその方が、将来に渡って

  「会社の継続性」に貢献することになるのだ。

○実務の多くをスタッフに渡した結果・・・

結局、私は、次の己の「新規事業の計画」を立て、試作し、人と会い、人脈を拡げ、常に行動しているという、全く本末転倒なことになっているのだが・・・。

要は仕事をしている。結局は私は仕事が好きなのだ。新しい自分のアイデアを出し、実行し、それが上手く行くまでの過程がたまらなくエキサイティングなのだ。

やはり、私の場合、根っからの商売人、事業家根性は抜けない。

ただ、私自身が若いときに立てた

  「死ぬまでに、ここまでは成し遂げる」

という、己に科した義務と目標は全て達成したので、次の展開は、今までと違い、少し気楽にじっくりと取り組んでいる次第である。

○もうすでに、竜馬よりも、信長よりも長く生きている。本当に長く生きてきた。

ひとまず独立時、竜馬に誓ったことを全て成し遂げて、その最終報告をした。20年近くもかかったが、「己の描いた全ての夢を実現した」と。

竜馬と自分を比較するなど全くおこがましいが、竜馬は剣の免許皆伝をもらってから変わったという。私にとっては空手がそれに当たり、「全日本空手道連盟」から「公認2段」を頂き、その後も剛柔会等、各団体で黒帯を頂き、30年に渡り空手を愛し、鍛錬し、継続してきたことによって己が変わったと思っている。

○10代の頃から座右の銘としてきた竜馬の言葉。

   「人は何とも言わば言え、我なすことは我のみぞ知る」

これからもこの言葉を胸に、余分に与えられた人生を、己の信念に基づいて進むのみだ。

今まで通り、何者にも屈することなく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.16

倉敷事務所での執務

最近は本社ではなく倉敷事務所にいることが多くなってきた。

私が本社にいると、絶対に部下の仕事に口を出す。見てはおれないからだ。だいたい中小企業で、社長より仕事ができる人間は、だいたいいない(笑)。まあ、だからこそ社長なのだが・・・。とりあえず、気になって片っ端から口を出す。

今までも、完璧主義な私が、何から何までこと細かく指示をし、教え、やらせ、修正し、またやらせて・・・、こんなことをしていては絶対に部下は育たないと、やっと気づいたからだ(笑)。18年、何をやってきたのだ?遅すぎるが・・・。

今までも現場や営業で会社にはいないことが多かったが、これからはもっといなくならなければならない。

倉敷事務所では、まず電話がならないし、今のところほとんど人も来ないので、すこぶる落ち着いて仕事ができる。私は人一倍深く考える方だが、とりあえず、深い思考を中断されない。

昔から、人が集中して深い思考をしている時に、社員に邪魔されるのがすこぶる不快だった。これも仕方ないとあきらめていたのだが・・・。案外私がいなければ自分たちで考えて正解を導き出してくれているはずだ・・・と信じたい。

倉敷事務所は遮音性が高いので、パソコンを使っていても、文章を書いていても、スケッチをしていても、とりあえず静かである。そして部下が失敗していたり、まどろっこしいことをしているところが目に入ってこない(笑)。

これぞ高度な思考と考えをめぐらすには最大の利点だ。それに景色がいいし、倉敷市中心部にあるので食事の心配をしなくても、いつでも最適な場所で食事が取れる。

情報を得るのも、街中だと早い。とりあえず、いろんなカフェや喫茶店に出没する機会が減った。カフェより快適で仕事がはかどるので、ほとんど行かなくなってしまった。スタバのコーヒーにはまっていたのだが、最近はスタバで豆を買って自分で入れる(笑)。

そう言っている今も、倉敷事務所にてブログを書いている。ネット環境もすこぶるいい。じきに私が本社に出社しなくても、必要な人を倉敷事務所に呼べばよくなるんではないかと思う。

倉敷事務所を開設して本当に良かったと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.15

たとえ大企業であっても・・・

昨日のニュースでやっていたが、東芝が大変なことになっている。この会社は、シャープなどと同じ道をたどっていくのだろうか。

企業経営とは恐ろしいものだと改めて思う。あれだけの大企業になっても方向を間違うと社会的存続の危機に陥る。

嘘をつき続け、社会を欺き続けた結果である。

大企業が大企業になったのは、その他大勢の中小企業より卓越したものがあったから急激に成長し、大企業になったのである。その時には他会社より、より社会的貢献度が高く、大きな役目を果たしたからこそ、大企業になったわけである。

より社会のニーズに答えた、ということであろうが、どこかで歯車が狂ってくる。大企業が故に多くの人が関わり、長年培ってきた企業風土、体質というものを短時間で変えるのは容易ではない。

時代はどんどん進んで行くものだから、そこで社会とのかい離が始まる。企業の中の文化だけで進み、それは社会的には大変な非常識となる。私も大企業にいたので、よく理解できる。

それまでに、功なり、名を成した企業であるが故に、自分たちが間違った方向に進んでいることになかなか気づかない。大企業の社員は、自分も経験があるが、多くの下請けを使い、とりあえず、まず、「自分たちは偉い」と思っている。だから気づけない。

気づいた時には傷は深く、もはや立ち直れないところまできている。否、気づいてはいるが、企業によってはだれも言いだせない風土と言うものもある。

もとい、我々のような中小企業は、基本的には経営者は社長一人である。社長の考えで全てが変わり、逆に言うと社長の考えが変われば明日からでもその会社は変わり得る。

それが故に社長たる者は独善に陥ってはいないか、己の会社、己の社員が、社会的に非常識なことになっていないか、絶えず自己でチェックをし、アンテナを張り、情報を集め、身を正していかないといけない。

日本の名だたる大企業の体たらくを見て、思う。余程、事業とは、大きかろうが、小さかろうが、社長も社員も身を律し、正しい行いをし、正しい経営方針に従い、正しい仕事をし、嘘をつかず、社会に貢献し、社会に必要とされる企業とならねば、その会社の存在意義はないのだ、と。

長い年月、会社を継続させるには、天地に恥じない正しい道を行くしかない。人を欺き、嘘をつく者、そしてその企業が繁栄することは決してない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.07

残業問題について再度

昨今、政府の働き方改革の名の元に、残業は完全なる悪者になっている。

私のブログのアクセス数を見ると、不思議なことに、この残業問題について書いたブログが、一番アクセス数が多い。

残業問題は、社会的に注目されている議題なのであろう。

先日もニュースで、時間内に効率良く仕事をし、仕事以外の余暇を楽しみ、ゆっくり休みましょう、と言うようなことが流れていた。

以前にも書いたことだが、不当な残業はいけない。しかし残業したいと、おのずから欲する人の権利はないのか。

人間には欲があり、「欲は善である」。

私の大好きな映画、オリバーストーン監督の「ウォール街」で伝説の投資家、マイケルダグラス扮する、ゲッコーが発する言葉である。

人より偉くなりたい、出世したい、金持ちになりたい、こう思うことは、当然、「善」である。この欲があるからこそ、人類は発展してきた。その努力の成果がない社会、平等を実現しようとしたのが、彼の共産主義体制である。その末路は知ってのごとしである。

人には生まれ持った能力や才能がある。これは否定できない事実である。個体差がある。天才は生まれつきだ。ならば天才に生まれなかった者は、その欲を満たすことはできないのか?己の夢を実現することはできないのか?

否。

人間には一番尊い、努力、という「力」がある。

天才が3分で出来ることを凡人は3時間かかる。しかし3時間あれば天才と同じ仕事ができるとしたら如何。

それだけ時間をかけ、勉強し、努力すれば天才と同じ結果を出せるとしたら・・・。そう考えて仕事に取り組み己の夢を掴もうとする者はどうしたらいいのか。

その人の能力では、どんなに効率よくやり、合理化を図っても、それだけの時間がかかるとしたら・・・。

私は己の夢を掴むために、睡眠時間や食事の時間、果てはトイレの時間までをも管理し、全てを仕事と勉強の時間にあて、成果が出る仕事をしてきた。人の何倍も働いてきた自負がある。

そのような人間からすると、ある意味、短時間で結果が出せる人を羨ましく思う。

しかし、多くの事を成し遂げた人の話を聞けば、やはり人の何倍も努力をしている。人が遊んでいる時に勉強をし、仕事をしてきたのだ。

人より大成したいなら、みんな努力はしているだろう。しかしそれを超えた努力をすべきだ。

これまた、私の好きな映画「天使がくれた時間」で、事業で成功している主人公、ニコラス扮する、ジャックが、言う。

「成功するためには、一生懸命仕事するんだ、それしかないんだ、ハードワーク!場合によっては安定剤を飲みながらでも仕事をするんだ」と。

そこまでして、努力し、のし上がっていきたい人間もいるということを考慮してほしい。みなさん休みなさい、というのは結構、ただ、働きたい人の権利も考えて欲しいのだ。

今の私は、全く残業はしないし、弊社の社員も残業はしない。ただ、何者でもなく、何の成果も出していない頃の、己の若かりし頃を考えた時、

「全てを犠牲にしてもいい。何を捨てても、とにかく仕事をするんだ、仕事しかないんだ、仕事をするんだ」

という燃えるような情熱を思い出し、いつもこの手の報道には、違和感があり、気持ちが引っ掛かかってしまうのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)