カテゴリー「西日本大豪雨災害と建物復旧」の記事

2018.11.17

真備町民は自己責任という意見に反論する。

最近、巷でちょこちょこ聞く、自己責任論。

真備に関しても、水害の起こる可能性があるのをわかっていて、安い土地を買った愚か者の自己責任だという意見。

このことに関して、私の考えを述べさせていただく。

本来、国家の大きな役割は、国民の生命と財産を守ることにある。その大義名分の下に、強権をもって国家は国民から税金を徴収するのである。

逆に言えば、国家は強権を持って、国民から税金を徴収する限り、国家は国民の生命と財産を守る責任があるのである。もし、それをしないなら、国家など必要がないし、税金を納める理由がない。

勿論、人類の歴史をさかのぼると、国家が国民をただ搾取し、逆に国民の生命、財産を奪うような時代もあったし、現代でもところ変わればそういう国家も存在する。

しかし、日本は、第二次世界大戦において、膨大な国民の命と財産を失い、それと引き換えに、民主主義という制度を採り入れ、現在に至っているのである。

このブログで私が書いているように、言いたいことを自由に言える権利、基本的人権が保証される権利、民主的な裁判を受ける権利、等々、今では当たり前と思っているものも、先人の多くの犠牲の中で勝ち得たものである。

その日本という現代国家の中で、被害にあったのは、ファサードマップに、水害が起きたら水没する、と書いてあるのに、そこの土地を買った本人の自己責任であり、そこに税金を投入するのはおかしい、とする理論はあまりにも乱暴するぎると思う。

その中でも、国家は最善を尽くし、天災から国民を守るために、本当に危険な場所を調査し、対策を打つのが役割ではないか。

ファザードマップ云々を言うなら、倉敷市のほとんどの地域、倉敷駅周辺も含めて、水没地域に指定されているのだ。としたら、倉敷に住んでいる人間は、皆、どんな水害にあおうが、自己責任というのか。

それならば、東京は、関東大震災以来、またとんでもない大きな地震がくると言われていて、それを知っていて住んでいる東京都民は、全て自己責任というのか。

いろいろな自然災害はあるが、水害については、それが起こらないように治水し、堤防を補強し、国民の命と財産を守るために、国家は適切に税金を投入しなくてはならないそこに住むのを自己責任と称して、いいかげんな対策しかしないなら国家などなくてもいいではないか。

その優先順位を決めるのは、政治家と官僚だ。真備に関してはその優先順位を間違ったのではないか?と私は言いたいのだ。

この地域、そして小田川の危険性は十分に行政は把握していたはずだ。なのに、なぜ下らない箱モノや不要なダムに莫大な税金を費やして、命を守る土手の補強や整備を全く放置したのか?

取り合えず、「マービーふれあいセンター」や「いきいきプラザ」は、失われた52人の命や、全壊した4500棟の住宅より優先してでも必要な施設だったのかを、当時の担当政治家や役人は説明すべきである

言論は自由ではあるが、一部の人に見られる、被災者の心を引き裂くような、非情な自己責任論を展開するのはやめて欲しいとせつに思う。

|

2018.11.07

豪雨災害から4か月がたちました。治安が悪化する真備町。

今日で豪雨災害から丸四か月が経ちました。

感覚的には、

「まだ四か月か・・・」

という感じです。

もう一年くらいは経った感覚です。

逆に言うと真備にいた頃の生活がもう想像ができないくらいです。

災害後、家具や泥出し、内装の解体、洗浄をやっている間、町内はさながら戦場のようになっていましたが、その後は放置されている家が多く、ゴーストタウンのようでした。

夜などまさに人っ子一人いない状態でした。私は会社が真備にあるので、仕方なく毎日真備に通っていましたが、夜残って仕事をしていると、薄ら気持ち悪い感じになっていました。

しかし、現在、解体やリフォームが本格化し、本当に騒々しくなってきました。ありとあらゆる業者が入り、これだけあちこちで工事が行われている地域も他にはないなという感じです。

私も長く建築をやっていますが、こんな狭い地域に工事中だらけという光景は、なかなか見ることがありません。まさに、阪神淡路以来です。

ただ、問題は、業者不足なのか、全国から、県外人がやってきて、本当に至らない、挨拶もできない、乱暴でどうしようもないような、いわゆる、‘輩(やから)’がうようよしている感があります。

急速に町内の治安が悪化しているのは間違いない。

地元の人間ではないので、狭い路地も猛スピードでダンプを走らせ、砂埃を巻き上げる。離合する場所もわからないので、突き進み、そこらじゅうで、お前下がれ、だの、行け、だの、言い争いやにらみ合いをおこしている。

住民より業者の人口の方が多いという異常な町。

今の真備町は決して女、子供を安心して住まわせられるような所ではありません。

阪神淡路の後もそうでした。西宮から若い女性、子供は消えましたから。

真備町からは避難しておくべきです。それでも住みたい人はしっかりと戸締りをして、交通事故や落ちてくるがれきには細心の注意を払い、自己責任で、ということになりましょうか。

元の街に戻るまで、まだまだ果てしない道のりです。

これだけのことをしでかした者、これだけの負担を町民にかけた者、多くの町民や子供の人生を狂わせた者・・・・・・

そう、土手を放置し、土手の工事を意志を持って、先延ばしにし、血税を不要な箱モノや無駄遣いに供した、糞役人や糞政治家たち。

なぜ4500棟もの家が壊滅し、52人の町民が死ななければならなかったのか。

今後は、裁判となり、責任を追及され、断罪されなければなるまい。

‘なあなあ’では決して済まされはしない。

|

2018.10.24

復旧作業の進捗状況~建築は楽しいものである~

Dcf00261

私の場合、所有する建物や不動産も多いので、真備にある建物の浸水被害も大きい。

現在4つの建物の復旧作業を同時に行っている。

もちろん、仕事の受託量は災害前と変わらず、否、逆に受託量は増えているくらいだから、復旧と仕事と両方で、スタッフの皆は勿論のこと、私自身も以前より大変に忙しくなっている。

ただ、洗浄や解体をやっている間は大変苦痛であったが、段々と新しく再生していく段階になると、これほど楽しいものはない。

本領発揮と申しますか、本来再生工事でここまで会社をやってきた者ですから、面白くないはずはないのです。

資金的には十分に新築して立て直すことはできたが、これらの一連の建物は全て私の作品なのである。

よって、自分の子供と一緒である。となれば大変な痛手を負ったとしても作品を元に戻そうとするのは当たり前の行為である。

ダメになったからまた新しいものを作ればいい、ということは芸術家、物造りをやっている者からしたら、忍びない。というか、耐えられない。お金の問題ではない。

だいたい、建築家が、自ら自分の作品を壊す事ほどの苦痛はない。再生するためには、部分的に解体しなければならないが、それをするにも辛い。自分が作ったからだ。あそこはああやって苦労した、あそこは一晩中考えて、このようにデザインした、等々の歴史があるからだ。

そして私は設計事務所(日建設計)出身だが、独立してからは施工まで全て自分の責任で行ってきたから、設計だけやっているのとはわけが違う。材料一つ、ビスの留め方一つ把握している。

私はこの復旧も、工事をした担当者たちと再び行っているが、それぞれの場所で、皆、「そうそうここはこうやって納めた」「これはこうやって苦労した」と口々に出てくる。

やはり、新築した時の皆と復旧して行くのが一番いい。皆自分が作っているから、よくわかるし、思い入れもあるのだ。

10年以上前の仕事も含め、また同じメンバーで復旧ができることが素晴らしいと思っている。

一枚目の写真は、洗浄に次ぐ洗浄で、丁寧にたわしでジョイントや金物の間まで、隅々まで洗っている様子だ。

消毒と洗浄の繰り返しを数十回行っている

焦る必要はない。業務は通常通り行えている

十分すぎるほどの洗浄、消毒、そして十分すぎる以上の乾燥期間を取らねば、しゃんとしたことにはならぬ。

Dcf00259_2

上記は、その充分以上の洗浄・消毒・乾燥を繰り返し、完璧主義の私の「もう、よかろう」という合格ラインを突破した後、リフォームに入っている建物だ。

やはり、物を造るのはしんどい、が、楽しい。

建築とは・・・たとえ些細なものでも・・・物を造ることは楽しい。

新しい工夫を加えて蘇っていくものは、新築とはまた違う喜びと楽しさがある。

考え出すと、休み食事、夜や昼は関係ない。延々とスケッチをしている自分がいる。

  やっぱり自分は建築が好きなんだな~と気づく瞬間だ。

そしてそれをもとに建物を作っていき、出来上がっていく。そのわくわく感がたまらない。

だから私は、もう30年以上建築をやっているし、20年前に、仕事のメインを新築から古民家再生に切り替えて今まで取り組んできたのだ。

さあ、私の建物が、どんなふうに再生された姿を見せてくれるのか、

楽しみである。

|

2018.10.19

ボランティアさんに頭が下がる思い。

先日来ていただいたボランティアさん。

汚水、汚泥を流して、たまりにたまった溝を掃除して下さった。二十歳の娘様とお母様、80代の高齢のおじいちゃん、他5名の方。

しかも皆さんほとんどが関東方面から来て下さっていた。一人の方は東北で津波に合い被災され、その時の恩返しにと、岡山まで来て下さっていた。

お話を聞くと本当に頭の下がる思い、感謝しかない。

そして、私がばたばたしてお手伝いができていないことを詫びると、

「災害にあっているご本人はそれどころではない、やることがいっぱいあるのはわかっています。どうぞ気にされないで下さい」と。

そして、黙々と作業をして下さる。やはり被災された方は、ご自分も経験されているがゆえにわかって下さっているのだと、そう思うとまた熱いものがこみ上げてくる。どうも最近は涙腺が弱くなっていて仕方がない。

ボランティアは無償なのである。給料は出ない。交通費も持ち出し。それでこうやって作業して下さる。果たして逆の立場になったとき、自分にできるか?否、できるできないではない、それは必ずお返しさせていただかなくてはならないことだと、改めて強く、思う。

結局、民間なのだ。民間の助け合い。人の思い。これだけに助けられる。民間こそが力なのだ、とさらに強い思いを持つ。

我々の血税から給料をもらって働いている糞役人や糞政治家。

彼らにもっと誠意があれば、このような悲惨な事態は防げたろうし、今現在もあのような怠慢で愚劣な態度のお役所仕事、しゃくし定規なお役所対応にはならまい。

もちろん鼻から奴らには何の期待もしていないが・・・。

|

2018.10.17

分別回収という行政の愚~行政のご都合主義~

真備町には毎日多くの建設関連業者が入るようになった。内装の撤去・洗浄作業が一段落し、昼間も人っ子一人いないような状態が続いていたが、ここにきて、一気に騒がしくなった。

新築を決めた人は、早々に全撤去し、早いところは、基礎工事が始まっている。また改修でいく人も、多くの業者がリフォーム工事に取り掛かっている。

ダンプやトラックが行き来し、落ち着いて住めるような状態ではない。真備に再び住むと決めている人も、一年くらい後でないと環境は騒がしく、住める状態にはならないと思う。

多くの解体業者が全国から集まっている。5000棟が浸水し、そのうち4000棟程度は全壊。そのうち1500棟くらいが解体されると予想されている。

私自身も、私の所有する4棟の建物のうち1棟は解体、3棟は只今、乾燥中や改築中である。周りを見ていても、やはり古い建物は解体となり、築年数の浅い、比較的新しい建物は再生という場合が多い。

ただ、未だに、全く何もせずに、否、できずに、ただ放置されているだけの家が圧倒的多数を占めている。

阪神淡路、東北大地震、そしてこの度の西日本豪雨。全ての被災地の解体に従事してきたという解体業者に話を聞く。

阪神淡路、東北の地震では津波で浸水した建物の撤去は、分別などぜず、とりあえず早急に復旧が進むように、捨てさせていたという。

私は実体験しているが、阪神淡路の復旧はそれはそれは見事に早かった。

分別は大変な手間を食う。撤去時に分別していては、一棟の解体に一週間から10日もかかってしまう。分別しなければ、2、3日で終わる。

真備での解体は玉島のE地区に捨てるのだが、完全に分別しないと捨てささないという。

多くの解体業者から話を聞いたが、

「被災地のことを全く考えていない。こんなやり方をしていたら復興は全然進まない」

「行政はまた後で分別する費用が惜しいから、民間の段階で分別させている、復興のスピードは後回しだ、民間にまた無理を押し付けている」

「なぜ、とりあえず撤去だけ早くして、分別はあとでしないのか。後で別費用でやればいいではないか」

と、口々に文句を言っていた。

文句である。文句を言えばいい。

とぼけた行政には我々民間は、徹底的に文句を言わねばならないのだ。

それは、きちんと分別回収したほうが良い。行政の手間は省けるだろう。しかし、今は非常時ではないのか?

我々被災民は現在も非常時だが、行政はもはや、わずか3か月でルーティンに入ったのか?(笑)

地方にはなんの関係もないくだらない東京だけのオリンピックなどやめて、被災地の復興に税金を回せばいい。オリンピックなど東京だけが盛り上がっていて、我々地方の人間には何の関係もない。ただ単なる、税金の無駄使いでしかない。

国家は、国民の最低限度の生活を守る義務がある。被災地では多くの人がまだ仮設や借り上げの劣悪なアパートにいる。国家はその義務を果たしているか?

莫大な血税を巻き上げた上で、更に消費税を上げるのを決断されるのは結構だが、それだけの見返りを国民に与えているか?糞役人や糞政治家に贅沢をさせるために我々民間は額に汗して働いているのではない。

特に糞警察は、我々の税金で飯を食っておきながら、何の罪もない人間に偉そうに説教をのたまう資格などないのである。

・・・いつもように、話はそれたが・・・(笑)

全国の被災地を渡り歩いてきた業者の目から見ると、岡山、倉敷、真備のやり方は、まどろっこしく、滑稽に映ったようだ。

|

2018.10.10

台風21号の被災地大阪へ。災害は他人事ではない。

3週間ほど前の話だが、私は台風21号で被災した、私の恩人の家屋の復旧の為、大阪にいた。

テレビでは関西空港が使用できないほど被災した映像が繰り返し流れていた。

その後、すぐに北海道で地震があった為、ほとんど報道されなかったが、大阪の民家にも大変な被害が出ていたのだ。

大阪の私の恩人から、私が被災したことで、本当に心からのお見舞いのお言葉と励ましを頂いていたところだったが、まさかわずか一か月ほどで、恩人も、また同じように被災するとは思ってもみなかった。

この時ほど、災害はどこへ来るかわからないと、驚愕したことはなかった。わずか一か月で私がお見舞いの言葉を申し上げなければならなくなったのだ。

大阪は、大阪北部地震と台風21号によって瓦屋根が破壊され、ブルーシートのままの家が多く、地元の業者はパンク状態。ほとんどが修理は1年待ちという状況。恩人の家もそういう状況であった。

一報をいただき、取るものも取り敢えず

    「いざ、鎌倉」

との思いではせ参じた。

主人の一大事に駆け付ける武士の心境。

全てのことを後回しにし、段取りをつけ、スタッフを引き連れ、岡山から全て調達して高速を駆けた。

少しでも、いただいた御恩に報いたい、その一念だけ、それ以外の気持ちはなかった。

なんとか役を終え、安堵した。

その直後に再び台風24号が近畿地方を襲った。

   今の私があるのはその方のおかげ。

間に合って良かった・・・。

|

2018.10.09

125年前に起きた洪水の話を長老に聞いた。

先日、ご用命いただいた被災地での仕事。

95歳の長老のお話を伺う機会を得た。

地元で多くの田畑を所有し、農業をされてきた。軍隊にも行かれ、その後、先祖からの家を改築、増築しながら、一方の屋敷となる。

子息とも同居し、悠々自適の生活。そこにこの度の災害である。

齢95歳にしてかくしゃくとし、その喋り、判断力、意志力の強さには恐れ入った。

その興味深いお話の中で、125年前の話になった。

当然長老はまだお生まれになっていないが、この地域に洪水があり、数十世帯の中、わずか残ったのは山際の2棟ほどであり、総社から真備まで家が流され、何もなくなったと。その話が、長老の祖父や父から語り継がれていた。

しかし、農業の利便性や、災害の風化によって、低い土地へまた人々が家を建て、また今の町が形成されたと。そして一世代を越えて、忘れた頃にこの大水害にあったのだと。

この話をお伺いしながら、私はあるデジャブに襲われていた。この手の話はどこかで聞いたことがある。そう、東北の地震の時起きた津波の話だ。どこまで水が来た、津波は真っ黒だった、云々。それを語り継いでいるうちは災害は起きず、忘れて、海側に利便性を求め、家々が形成された頃に、また大きな津波が来たと。

全く同じだと思った。

自然も意地が悪いではないか。災害が起きた後は、皆、万全の対策を取る。そのころには来なくて、世代を越え、忘れ去られた頃にまた全てを破壊する。昔の人は良く言った、災害は忘れた頃にやって来る、と。

人類はそれを繰り返してきたのではないか。それは人間の寿命は50年から100年とすれば、大きな自然災害の周期としては一世代、二世代飛ぶ。だから忘れる。

今や日本全国、どこが被災地となってもおかしくない様相を呈している。

明日は我が身。

我々だってテレビで他地域で被災された方の映像を見て、明日、己がその立場になるとは思いもしなかった。そして皆異口同音に、過去にはこんなことはなかった、とのたまうのだ。それはもちろん自分が生きているうちは、ということだが・・・。

まさに今の東京はそういう状況である。

江戸は、はるか昔から定期的に大地震に襲われてきた。近々では、関東大震災で壊滅的打撃を受けておきながら、そういう定期的に大地震が起きる地域に、再びとんでもない高層ビルを建設してきた。誰も止めようとしない。首都遷都の計画もいまや誰も口にしなくなった。

高層建築の設計をやってきた人間として・・・。こんな危険なことはない。地震の教訓を忘れてどんどんと利便性を求めて、密集した都市を形成してきた。

地震大国日本。どこで地震が起きてもおかしくない国だが、いくら最新の科学技術を投入して対策をするとはいえ、なにも定期的に必ず大地震が起きる場所へ、これほどの巨大建築物、高層建築物を建てなくてもよいものを、と思う。

所詮、経済最優先、100年前のことなど、忘れてしまえ、今の利益を優先、先のことはわからない、頭にない、喉元過ぎれば・・・、という単純な話である。そののりで節操もなく増殖していった街が東京である。

阪神淡路大震災をそのど真ん中で経験し、水も電気もない中、何か月も苦労し、耐震診断をしにボランティアで回り、被害を目の当たりにした身としては、東京ほど危ないところはない。

東京は破滅することが分かっていながら存在し、さらに増殖している世界一危ない都市なのである。毎日が大震災へのカウントダウンなのである。

ただ、地方にいても、ただでは済まない。東京が壊滅すれば、すなわちそれで地方も立ち行かなくなるのはわかりきっている。もちろん日本全体が立ち行かなくなる。

いつ破滅の時が来るか?というだけの話である。そしてその時は間違いなく、確実に来る。それは歴史が証明しているのである。それでも大した切迫感がないのが人間ののんきさ、災害の恐ろしさなのだ。

私を含めほとんどの人は、テレビのインタビューで、

「こんなことが起こるとは夢にも思わなかった」

と、のたまうのである。

|

2018.10.08

小田川合流点付替え事業2023年度に完了、という報道、遅きに失する。

倉敷市民に配られる、倉敷市が発行している「広報くらしき」という冊子がある。その10月号に、

「小田川合流点付替え事業が大幅に前倒しとなり2023年度に完了」

という大見出しで、情報が図解付きで告知されていた。

内容の概略は、

国、県は市からの強い要望に応え、総事業費500億円をかけて、「真備緊急治水対策」を実施する。国が進めている小田川合流点付替え事業は、5年間前倒しとなり2023年度に完了し、小田川の掘削、堤防強化や、支流の堤防かさ上げ、堤防強化が集中的に行われる。この対策により洪水時の水位が5メートル低下する。

とのこと。

しかし、時、既に遅し。行政の、政治の、失策。

「遅きに失する」

とはまさにこのことであろう。

すでに多くの人命が失われ、多くの、一人一人の、人生が狂った後だ。

表題にあるように、過去、この計画はすでにあり、一度とん挫し、また再開し、そして結果遅々として進まなかった。

、そんな受動的な表現ではなく、政治が、行政が明確な意思を持って遅らせた、進めて来なかったのである

その結果この大災害が起きたのだ。

だから「前倒し」という表現になるのだ。

起きたことは仕方ない、と言うには、あまりにも被害が大きすぎよう。

これからが、正念場となろうが、町民の多くはまだこの町に帰れていない。夜はまさにゴーストタウンだ。その静けさは怖いくらいだ。

三か月がたち、関心も薄れ、倉敷も真備以外は、本当に何もなかったような、賑やかな連休を迎えている。

真備では、投げやりになっている方も多くいる。復旧・復興を諦めている人もいる。お金がなくてどうしようもない場合や、建て替えや復旧計画がいろいろな事情で進まない事例も多く聞く。高齢も一つの足かせとなっている。

私自身はもう真備に住む気はない。現在、既に住居も別に構え、生活している。ただし、いろいろな角度から検討した結果、当面は、会社と事業は引き続き真備で行うことになるが、将来的には倉敷市街へ進出することになろう。

私はそういう決断をしたが、真備への思い入れがあり、真備に住みたい人もおれば、二度とあの恐怖や不安を味わいたくないと、真備には戻らない決断をする人もいる。それは個々人の価値観により、どちらがいいとか悪いとかいう問題ではない。

ただ、多くの町民はまだ、真備に戻りたい、または戻らざるを得ない方が多くおられるのは事実である。

銀行やガソリンスタンド、店舗など再オープンしているところも少しずつは増えてきたが、まだまだ三分の一にも達していないだろう。逆に廃業を決めた会社や店もある。

水で流された街、災害にあった街がその後発展していった事例は全国にいくらでもある。逆にダメになった街もあろう。

この市からの告知が、我々町民に少しでも勇気と希望と安心を与え、復興の力になればと思う。

この5年間にまた大きな増水が起こることがないよう祈るばかりだが、こればかりは、「天任せ」ということになろうか・・・。

近年の異常気象を考えると、はなはだ不安なことである。

|

2018.10.02

台風24号による高梁川の増水

1先日の台風24号により増水した高梁川。一日経ってもこの濁流。

七月の豪雨以来、もうこのような状態の川は見たくない。

考えてみれば危ない話である。

このような川が生活圏のすぐそばを並々と、とうとうと流れているのである。

それが、真備という町である。

台風が接近している時は気が気ではなかった。

豪雨の時と違い、ネットやテレビで定点カメラや水位の情報が刻々と入る。

有難いような、それによってより不安になる。不安になったところで何もすることはできない。

まだ修理も終わっていない脆弱な土手でどれだけしのげるのか?ダムの放流はどれだけ行われるのか?

あれだけ大変だった片付けも収束し、撤去やリフォームがはじまっている中、また浸水したら、真備町民は全くやる気を失ってしまうのではないか・・・。

結果、なんとか台風が去り、持ちこたえた。

ただただ冷や汗ものである。

今後このような異常気象は続いていくだろう。土手が補強され、流れが変わるまで少なくとも5年。

浸水危険地域は真備だけではないが・・・。

この度のことで、私の個人的な考えだが、改めて強く思った。

「こんな所に住むべきではない」

私は、今も真備には住んではいないし、今後もそのようにしようと思う。

あくまで私個人の私見。

社会体育場だったところも水浸し。

2_2


|

2018.09.22

ボランティアさんに感謝

ここ数日、毎日のように、5人以上のボランティアさんが来て下さっている。

水害後、何度かお願いしても、なかなか順番が回って来ず、自力復興でやってきた。それが一段落したのか、最近では毎日のように来て下さる。毎回人員は違う方なのだが、皆さん要領を得られていて、手際よく作業して下さる。

私の場合、建物が何か所か浸水したので、順番に復旧作業をしているが、一番遅れていた建物の、洗い、泥出しと、丁寧にやって下さる。

時間はだいたい午前11時くらいから午後14時~15時と短いが、なんせ多人数で来て下さり、大変作業がはかどり、本当に助かっている。やはり数は力だなあ、と実感する。

皆さん、有給休暇や、ご自分のレジャーや仕事をさし置いて、また他県、遠方から来て下さっている方も多く、本当に頭が下がる思いだ。

この御恩を直接はお返しすることはなかなかできないが、どこかで世の為、人の為に御恩返しを必ずしなければならないと、日々汗を流して他人の建物の復旧を無償で援助して下さる方の姿を見て、思う。

本当に感謝です。

|