カテゴリー「西日本大豪雨災害と建物復旧」の記事

2020.07.18

7月豪雨。子供に泥出しをさせてはいけない。

真備であれだけ言われたのに、全くその情報が伝わっていないかもしれないので、

ささやかながら、ブログで発信させていただきます。

 

まず、水害の泥水は、ただの泥水ではないです。

ありとあらゆる汚いものを飲み込んだ、まさに汚水そのものです。

これには気を付けないといけないです。

 

ついつい作業に夢中になって、手袋もマスクもおろそかになります。

これからの季節、暑くて、泥が乾いてきます。汚泥は粉塵となります。

これが目やのどに入るとたまりません。

変な菌がいると思います。

結膜炎や気管支炎になる人が続発しました。

私のような屈強な男でも、作業を連日やると、目や喉が痛くて仕方なくなりました。

目を洗わないと痛くて仕方ない。朝を起きると目やにと充血。

子供は皮膚に泥がついて、かぶれたり、湿疹が出たりする子がいっぱいいました。

水害の泥には、どんなに汚く危険な菌がいるかわからないのです。

 

家族の危機に、子供も手伝う、という美談はわかりますが、親なら子供には作業させたくないです。

ボランティアも県内だけだと、本当に足りないと思います。

それでも、体調が悪い人や子供にはさせない方がいい。

子供を守ってあげて欲しいです。

 

私が被災した時も、ボランティアで、高校生の若い女性が何人も来て下さいましたが、

申し訳なさすぎて、泥の運び出しなどはして頂けませんでした。

これからという若い人たちに何かあると、本当に忍びないと思ったことを思い出します。

 

泥出しの後は消毒作業になりますが、良かったら、詳しい内容は、ブログの中の、西日本豪雨災害のカテゴリーを見て下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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7月豪雨に思う、地獄の惨劇の中、なぜ国家は泥の運び出しを手伝わないのか?

今年は九州がやられた。

私は大分大学、大学院と6年九州にいたので、九州には知り合いも多く、

我がのことのようにニュースをチェックしてきた。

まさに二年前の真備と全く同じ光景がテレビから流れる。

他人事とは思えない状態。

私もそうだったが、人間のさがで、破壊されたものを即座に元に戻そうとする。

殴られて倒れて寝とけばいいのに本能的にすぐに立ち上がろうとする、それと似ている。

必死で家を片付けようとしている。

まさに、私もそうであった。

 

私が、西日本豪雨災害からいかにして復旧したかは、建築家の視点でブログを書いているのでそちらも見て欲しい。

今、被災地からのアクセスが増えている。多少なりとも参考になれば幸いです。

 

映像で見て、結局二年前となんら変わっていない。

初期に、一番しんどいのは建物に入った泥水を出す作業。

泥まみれになった家具、家電を廃棄する作業。建物を消毒する作業だった。

これは、全く家族、親戚、知人でやるしかない状況は何も変わってない。

強制労働だ。どんなに暑くても、疲れていてもやるしかない。

そして民間ボランティアが助けてくれるだけ。しかもこの度はコロナのバカ騒ぎで県内の人しか手伝えないと。

人が足りるわけがない。

 

なぜ、役人や自衛隊、警察や消防、そういう国家の人間が手伝わないのか?

個人の家を手伝ってはいけない、そういう法律でもあるのかと当時は思っていた。

なぜ政治家や役人は何もしないのか。

 

真備では、一切、県や国家は泥だしをしなかった。捨てたごみを自衛隊が片付けただけだ。

国家は国民の命、財産、生活を守る義務があり、その代わりに我々は莫大な税金を納めている。

自己責任論を持ち出す輩には相当違和感を感じる。

水害が起きる場所に住んでいる奴が悪いという論調は許せない。

今や日本列島は明日は我が身ということは考えないのか。

空に向かって吐いた唾はやがて自分の顔面に落ちてくる。

 

私は被災当時、これまで生きてきて、莫大な税金を納めてきた意味はなかったと思った。

国家はいざというとき何もしない。自力で復旧するしかなかった。

そしてそれは昨年末、やり遂げられた。

 

私は今の被災地を見て本当に気の毒に思うし、国家、行政の無策を思う。

避難所では相変わらず冷えた弁当ばかり食わせ、硬い床に雑魚寝だ。

真備の状況から何も変わっていない。二年前と全く同じ光景が広がる。

 

日本は災害に見舞われたら最後、乞食のような生活を強いられる国家だ。

なにが先進国だ。

マスコミは相変わらず、自分たちの東京に被害をもたらすコロナばかりを延々やっている。

東京の人間は、地方は日本と思っていないのか。東京だけが日本ではない。

 

馬鹿高い税金を回収し、利権のあるものが、甘い汁を吸って中抜きをし、災害が起きても誰も被災者を助けない。

必要ない建物に莫大な予算を付け、地方の国家の川の治水工事をしていない。

 

九州の被災地の映像を見て涙が自然に出てくる。

必死で泥を掻き出している姿。自分の二年前の姿そのものである。

経験者からどうしても言いたいことは、「無理をしないでください」と。

泥出しや片づけは急いでやらなくてもいいです。体調を保つ方が大切です。

どうせ、急いで無理して泥を掻き出し、家電を捨てても、その大切な自宅へ帰れるのは、

最低でも遠く半年後、下手をしたら二年以上帰れないし、元には戻れないのですから。

 

二年経っても、まだまだ多くの真備の被災者は自宅を再建できずに戻れていません。

長い闘いになります。私も大きく体調を崩しました。自宅へ帰れるまで1年半かかりました。

 

これからありとあらゆる手続きをしていかなくてはなりません。

会社をやっている人は、すぐにわかりますが、また国家は、グループ補助金などという名目で、

被災した者に対するいやがらせとしか思えないような莫大な作業量を要求してきます。

 

写真やビデオや日記、思い出の品もほとんど残りません。

被災してしばらくは気が張っていて、すぐにでも戻れそうな気がする時があります。

でもその疲れがボディブロー的に効いてきて、精神や体に出る人も多い。

真備町の近くの病院では、心臓を悪くしたり、うつを発症する人が多発しました。

 

長丁場になります。だから焦って一気にというのは無理です。

被災地の映像を見て、私の頬に自然に涙がつたうのは、この方々が今後歩まれるいばらの道、

地獄道が見えるからだと思います。

負けないで乗り切って行って欲しいです。

 

泥出し、家具出し、県内のボランティアだけで足りるわけない。

自衛隊、警察、消防、役人は、国家の奉仕者として、日頃我々国民から莫大な税金を巻き上げて、

その血税から、民間以上の高い高い高給をもらっているのだから、ぜひ泥出しを手伝ってあげて欲しいと思います。

その一番しんどいところを、家族や善意のボランティア、民間だけでやらすのなら、

国家や公務員は何の為に存在するのか?

それをしないなら、国家が国民から税金を巻き上げる権利など、一切ない。

 

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2019.12.23

本日リニューアルオープン!沢山のお花を頂きました

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本日無事にリニューアルオープンしました

沢山の方に、沢山のお花を頂きました

お祝いの電話やお言葉も沢山頂きました

本当に沢山の方に支えられて、支持して頂いて、今の私や会社があるんだなと、本当に実感しました

今日で災害復旧は終わり、「けじめ」です

復旧をはじめた時は、果たして終わりがあるのか、と途方に暮れたこともしばしばでした

なんとか全てを元通りに出来たのは、本当に皆様のおかげです

今後は、本業に専念し、更にご支援に応えられるだけの仕事をしていかねば、と心に誓いました

本当にありがとうございました


※本社はただ今、蘭の展示場のようになっています

  「圧巻」です!

ありがとうございます



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2019.12.22

12月23日(月曜日)10時〜本社リニューアルオープンします!

昨年の西日本豪雨災害で、弊社本社ビルは、約3メートル浸水しました

この度、その本社ビルを、リニューアルし、一階をショールームとしてオープン致します!

私の作品を大型プロジェクターでご覧頂けるようにしております

当日は、私がご案内致します

お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄り下さいませ

よろしくお願い致します

株式会社 小野コーポレーション 

代表取締役社長 小野明

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2019.12.21

本社ビルのリニューアルが完了しました

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どうしてもお客様のお仕事を優先する為に、ずいぶんと時間がかかってしまいました

ただ、そのおかげで、充分な乾燥時間も取れましたし、じっくりと再生に取り組めました

これにて、昨年の西日本豪雨災害によって、被害を受けた5つの建物のうち、4つを完全再生、一つを解体撤去し、跡地を整備、完全に復旧を終えました

本当に長かったですが、応援してくださった皆様のおかげです

ありがとうございました




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2019.12.06

被災地からのアクセス

このブログは、詳細な分析ができるようになっていて、日本全国のどの地域から、どのくらいのアクセスがあったか、わかるようになっている。

私が真備の被災者として、今年の台風15号、19号で被災された方に、少しでもお役に立てればと、災害復旧で注意することを思いつくままに書いたが、その結果、今までアクセスのなかった、東北や関東方面から、たくさんアクセスされるようになった。やはり私が被災した後のように、何か情報がないかと検索される方が多いのだなと思う。そして、私のブログが多少でも、被災された方に読まれて、少しでも役に立てたとしたら、幸いである。

災害は物理的なものを失うだけでなく、その人の人生の思い出や、人間関係、生活を根こそぎ奪ってしまう。たかが家を失うだけ、ではないのだ。

そしてそれを建てなおしたら終わりではない。一度壊れたコミュニティーが元に戻るには大変な時間がかかる。普通にかわしていたご近所との挨拶や会話、それが当たり前の時には何も思わないが、情けないかな、それを失ってその大切さがわかるのである。

多少の増改築をするのにも、工事期間中は、ストレスがたまる。日常当たり前にできていたことができなくなるからだ。それが、自分の意志ではなく仕方なく家を追い出されて、別の場所に住む。これだけで大変なストレスになるのである。それがいくら綺麗な仮設住居であってもだ。一番怖いのは、それがストレスと感じられない場合だ。ある日突然ドーンと来る。そして気が付いた時には健康を失っている。

真備は高齢者も多い地域だが、通常住宅を建てる時には、ローンを組む。そして融資を受ける関係で火災保険に入っているものだ。現役時代にローンを返し終え、退職金をもらって、ローンはなし、年金もあり、悠々自適の生活、人生設計。しかし、住宅ローンを払い終わっているので、そのまま火災保険に入っていなかった人が多いと聞く。そうなると、老後の貯えを切り崩して、新たな家を建てたり、リフォームしなければならず、老後の資金に大変な不安を抱えることになる。それでもある程度貯えに余裕がある人はいいが、余裕がなければ再建は断念し、借家住まいとなる。

住宅ローンも払い終え、悠々自適の老後だったはずが、全く思い描いていたものと違ったものになるのだ。私の場合多くの建物が被災で全壊したが、用心深い性格のため、全て保険には入っていたが、様々な保険会社と契約していたので、いろいろとその対応の違いが分かった。当然対応の良い保険会社とそうでない保険会社とでは、雲泥の差があったわけだが、しかしながらここでそれを述べると、営業妨害のそしりを受けるやもしれないのでやめておくことにするが、くれぐれも同じような火災保険でも、保険会社によって対応が全く異なるので、よくよく調べて、慎重に選ぶべきと思う。酷い対応の保険会社は本当に被災者に対して、ありえないような発言をする担当者もいたのである。

家の再建には何千万単位の金が要る。行政の支援などは全くあてにできない。受けた被害の大きさに対して支援は焼け石に水、スズメの涙だ。もらえるだけでもありがたいと思えということである。国家は本来国民の生命と財産を守る義務がある。それと引き換えに強権をもって税金を徴収するのである。しかし、再建はあくまで自己責任で、ということのようである。国家に期待してはいけない。私は、被災して、国家などあてにはならないことを改めて激しく学んだし、当然のことながら、自分のことは自分でしか守れないことを、改めて肝に銘じた。もちろん私自身、被災前からそう思って生きてきたので、改めて、ということである。国家に甘い幻想を抱いているとしたら、早急に改めて、自己防衛すべきであることを強く進言したい。

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2019.10.29

水害からの復旧~その7~まとめ

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この度の台風19号の被災地域に容赦ない雨が降り、水害を体験した者として、その不安と困難さが痛いほどわかるだけに、ニュース映像を見るのが辛い。

私自身が、被災から二週間経過した頃を思い出す。仮住まいのホテルに宿泊しながら、毎日、長靴と作業着で片付け。目が痛くて仕方ない。汚泥が乾き、粉塵が目に入り、朝起きると目が赤くなっていて、被災地へ入ると、痛みでずっと目が潤む。咳き込み、肺もおかしい。暑さで体力を消耗し、果てしなく続く作業に途方に暮れる。

このころはもうほとほと弁当やパンに飽きて、きちんと調理した暖かいものが食べたくなる。毎食弁当というのがこれほどきついものだと、初めて経験する。当初、なんとかなる、数か月で復旧できる、なぞと甘く考えていた幻想は崩れ去る。できるだけ明るく作業しようとするが、作業を進めるにつれ、己が失ったものの大きさに真に気づき始める頃だ。

一番こたえたのは写真やビデオを失ったことだ。己の建築作品や工事過程の写真は私の人生そのものなので、非常にショックはでかかった。またそれ以上に、家族の写真が泥まみれになり、貴重な思い出、人生の軌跡が泥に浸かっている姿は、想像以上に相当に私の気力を萎えさせ、叩きのめしてくれた。失った経済的損失以上に、二度と取り戻せないものを失うのは辛い。

経済的なものは己の努力でいくらでも取り戻せるが、努力してもどうにもならないものは喪失感が大きい。私は相当な映画好きだが、大好きな、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが、故郷の荒れ果てた農園帰り、復興を誓うシーンを何度も思い出していた。掲載した写真は、まさに真備町が地獄の惨劇となった、ごみの山である。道路上に山に積まれたごみの姿は、まさに爆弾でも落ちた後の戦場にしか思えなかった。この時は、「ランボー」のテーマ曲が頭に流れ、戦場で戦う戦士にでもなった気分で毎日被災地に入った。このような話を書くと笑い話のように聞こえるかもしれないが、そのような面白おかしい妄想でもしないと、毎日が生きていけなかったというのが現実である。

この時期、真夏であったので、ごみと汚泥によって大量のハエが発生した。それも見たこともないようなとんでもないでかいハエなのだ。セミではないか?と思うほどでかいハエ。高齢の方に聞くと、昔はこういうハエがいて、牛の糞を食べるハエなのだと。まさに汚泥はただの川の水ではない、汚水や油の混じった、まさに汚泥なのだ。

真備の時には、子供や学生が片付けの手伝いに入り、それがいい話のように言われた。それで実際に、原因不明で、子供の皮膚が赤く被れたり、熱を出したりする事例が多く発生した。何人もの医者に聞いたので間違いない。今日はニュースで、子供に作業させないように言っているところがあったが、それは正解である。被災地は危険極まりない。子供は保護し、できるだけ屈強な大人が作業すべきだ。今は秋なのでどうかわからないが、真備の場合は泥が乾いてきた頃が本当に悲惨だった。真備の町全体が遠くから見るとかすむくらい粉塵が舞い上がっていた。その中で作業するのは悲惨であった。

今の被災地は、もう寒さとの闘いとなっているのだろうか。すでにめいいっぱい頑張っている人に頑張って、とは言えない。被災者だから痛いほどわかる。ニュースで泣いている人を見ると本当に感情移入してしまい、私も辛くなる。気持ちが痛いほどわかる。暖かい言葉やボランティアの方の助けは本当に有難かった。しかし、苦労して築いた資産や生活、人生の思い出の品々を一瞬で奪われた、本当の苦しみは同じ目にあった被災者にしかわからない。私も離れている多くの友人から激励を頂いたが、一番癒されたのは少し前に別の災害で被災し、立ち直った友人の言葉だった。頑張って、とか元気出して、とかではない。

「大変やろ、俺も本当大変やったからわかるわ。一日一日できるだけでいいよ」

言葉は少ないが、本当に被災した人間にしか言えない言葉なのだ。この言葉に本当に救われた。何に苦しんでいるか、わかっている人間の言葉。私もまだ復旧のさなかにあるが、今復旧の佳境にある方に、

「いつまでも続きません。必ず終わりはあります」。

私は阪神淡路大震災時、西宮に在住していたので、あの阪神高速が横倒しになった場所から数分のところで被災した。その時も水道、ガスが使えない生活を半年以上した。大阪に出ると何事もなかったような生活がある。この度も倉敷に出ると、全く何もなかったような暮らしがある。災害は無情である。その時は大変だったが、阪神淡路の経験は、建築家である私にとって、しなくてはならなかった経験だと今は思える。建築とは何か?何のため建築の仕事をするのか?について深く考えなければならなかったし、その後の建築の仕事に対する姿勢が大きく変わった。

あれから四半世紀が過ぎ、もうすでに半世紀以上生きてきた私の今後の人生に、この度の水害はいかなる意味をもつのか?今はまだわからないが、二度の大災害を経験しても、決して屈することなく、復興していくことに意味を見出している。

この度の災害復旧もあと一か月で完全に終了する。

 

    「バケツ一つまで、必ず、全て、元通りに戻す」

被災から2か月後に私が打ち立てた誓いである。

あと一か月でその任務は完全に完了する。

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2019.10.23

水害からの復旧~その5~建築、既存部分をどこまで残して解体したら良いか

水害からの復旧。

台風19号の大洪水からはや二週間近く経過した。真備の大洪水からは一年三か月以上が経過した。

私の会社は90%物理的には復旧してきているが、一年前には元に戻るには果たしてどれだけの月日がかかり、どれだけのコストと人力がかかるか、先が見えない状況だった。今私が言えるのは、多難ではあるが、頑張れば一年で相当なところまで復旧できるということ。希望をもって日々のやらねばならぬことをこつこつとやっていくしかないと思っている。

さて、表題の解体作業についてですが、解体はどこまでやったらいいのでしょうか。

まず、業者に頼む前に自分たちでどれだけやったらいいか、これが迷うところです。もうリフォームはしない、建物を全て解体撤去して、新築する場合は、消毒などする必要もない。直後、家具などのゴミ出しを行い、周りに迷惑をかけない程度に片づけて、その後放置でよい。私の経験では、一割くらいの人は、直後に判断できた人もいたと思うが、多くの人は、たいがいは迷う、判断がつかない。それは、各人の家の被害状況にもよるし、築年数や構造にもよる。もちろん、家族の年齢や子供の時期にもよるだろう。そして、一番は経済的な状況、火災保険が下りるか、どのくらい下りるか等にもよる。よって被災者が100人いれば100人の事情がある。

解体する場合、甚大災害に指定されれば公費解体となる。順番待ちだが、必ず解体してくれる。自費で解体して後で請求することもできる。ただし、行政庁によって、塀や庭は解体範囲外とか色々ルールがある。岡山でも、塀は解体できない、とか庭木の処分はできない、とか言われた。結局私は自費で解体したが、行政からしたら、最低限解体してくれるだけでもありがたいと感謝しろ、ということなのだろう。被災者に寄り添うとは、そんなものだろう。

さて、被災住宅の解体だが、汚泥、汚水に浸かった部分から下は基本的には柱と梁を残して全て撤去するのが基本だ。ユニットバスやキッチン作り付けの家具なども全て。もちろん断熱材やプラスターボード類は一切再利用できない。また照明器具等も一度浸かったものは漏電の危険を伴うので再利用してはならない。

床上1メートル浸水とかの場合、途中でボードを切ることになるが、耐力壁が入っているところは、その耐力を失わないように、切って新しく継いだ構造用合板の下地にはしっかりとした横材をいれておかねばならない。それにCN釘でしっかりと打ち付ける。

しかし、できたらボードや構造用合板の切れ目まで撤去して、一枚ごっそりと継がないように替えられたらベストだ。汚泥に浸かったところから上30センチくらいは予備をみて、撤去したい。汚泥が染みて上がってきている所も多い。上の方から水が引いていっているので上の方ほど、浸水時間が短い。下の方ほど長い時間汚泥に浸かっていたことになる。これは、撤去しきれなかったところを3か月後に見ると、よくわかる。水が引いた直後はわからないのだが、例えば木に塗装してある部分など、浸水時間が短かった上部は、塗装が剥げるのはわずかだが、最後まで浸水していた部分は、ほとんど塗装が残らず、下地までボロボロになっている。

だから、浸水時間が長い、なかなか水が引かなかった地域ほど、建物が受けているダメージは大きいと言える。早く水が引いた地域と比べると、それは相当な差になる。

問題は外壁にまつわる部分だが、これを全て撤去すると建て替えた方がいい、となる。外壁は外から高圧で洗浄、内側からもできるだけ洗うしかないが、ラス板や防水紙の間に入り込んだ汚泥は物理的には取り除くことはできない。できる限り、タワシや歯ブラシで擦り、消毒していくしかない。ただ、リフォーム時、新たに内壁を作るわけだから、しっかり乾燥させて、カビさえ発生させなければ、汚泥がその後部屋内にまで浸透してきて、何か悪さをするとは考えにくい。

また、すべては量と加減なので、しっかり洗浄して、どうしてもできないところが多少残っても、ある程度は仕方ないとして先に進むしかない。結果、私の経験では、現在臭いや、カビなどの問題は起きていない。

 

 

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2019.10.21

水害からの復旧~その4~建築金物について

洪水の被害報道も少なくなってきましたが、いよいよ現地では、復旧も本番となってきていると思います。最初の疲れのピークも来ていると思います。焦っても仕方ありません。無理をするとこれからの長丁場を乗り切っていけません。寒くもなって参りましたので、ぜひ、ご自愛いただきたいと思います。とはいえ、私も、当初は休み暇なく復旧を行っていましたが、疲れがボディーブロー的に蓄積し、半年くらいしてから、体調不良に悩まされるようになりました。

ところで本日は建築金物について書こうと思います。

木造建築で構造上重要な役割を果たしているものに、建築金物があります。梁や柱、筋交い等を結びつける重要な役割をしています。これが損傷を受けると現代の建物は、地震時ひとたまりもありません。昔の在来工法は、大工さんの技で仕口加工し、オスとメスの形でがっちりと、しかもひずみや揺れ、乾燥収縮に追従するように、いい塩梅に固定されていたわけですが、今のプレカット工法の場合、仕口はスカスカで、金物がなければ留まっていません。よって金物でがっちりと固定する前提で、その耐力も計算されているわけです。その金物にもそれぞれ許容耐力がありまして、その規定、設計通りに現場で取り付けてあります。

問題はその金物、金属でできていますので、水に濡れれば錆びます。そして錆びると、耐力が落ちて、役を成さないわけです。通常金物は、濡れる前提でできてはいません。たまに雨漏りや、結露で濡れている場合があります。その程度でもいつも雨漏りがして、たえず雨がかかってしまったところは、錆びていることがあります。それでもこれではいけないと交換したこともありますが、どう表現してよいか、まだそれは綺麗な?錆びなのです(錆に綺麗もなにもないとは思いますが、、、)。ところが、この度のような、汚泥に浸かった金物の場合、しばらくして出てくる錆びは、ぼこぼこに金属が溶けたような、金属自体が変形したような、本当に汚いおぞましい錆びなのです。

私は、水が引いて、洗浄して、しばらくして、恐ろしく錆びてきている金物を見て、当初は驚きました。酷いものです。内壁や床を撤去していますから、全ての建物の金物を外せる限り外しました。その間に地震でもきたら目も当てられませんが。段ボール箱、何倍分、数百個の金物を全て撤去しました。そして、金物を撤去するとその裏側、ボルトやナットの間隅々まで、びっしりと汚泥が入り込み、張り付いている。よってまたそこを洗浄し、消毒しました。それから、地震があってはひとたまりもありませんから、新しい金物を準備して、付け替えました。注意することは、付け替える時は、全く同じ場所だと、ビス穴位置が同じになるので少しづらして、既存の穴位置をずらしてビス止めしないと、しっかり留まりません。

そこまでは順調だったのですが、恐ろしいことに一か月くらいすると、またその新たに付け替えた金物が、場所によっては錆び始めたのです。これには往生しました。乾燥が足りなかったのです。ただ、建物を洗浄して、金物をそのままにしておくと、恐ろしく汚く錆びた金物の錆で、木材も痛むのではないかと思います。かといって、早くに金物を撤去して、新しい金物を入れないと、全く地震耐力的には無防備な状態で、放置することになります。もちろん、金物がないので、周りで解体作業などが被災地では頻繁に行われますから、建物は激しく振動します。それが後々、建物のゆがみ、狂い、クラックにつながります。

結果的には二度目の金物が場所によって錆びたので、そこはもう一度付け替えました。ここからは私の判断ですが、やはり洗浄の時はとりあえず金物はそのままで洗浄する。一刻も早く洗わないといけないので、金物をいちいち外している余裕はないでしょう。そしてしばらくして(最低一か月以上乾燥させた方が良い)、金物を外して、新しい金物に付け替える。この時は金物の裏から洗浄しきれなかった汚泥が出てきますから、その部分は洗浄して、消毒をして下さい。その後、場所によって乾燥が足りなかった木材部分の金物はまた数か月したら、錆びてくるのでそこだけ取り換える。というのが良いと思います。

前回から申し上げておりますが、特別の事情がない場合は、建物の復旧は急いではならない。

真備の場合、店舗ですが、商売再開の為、急いでリフォームをしたのはいいが、カビと臭いが再発し、結局またお店を閉めて、リフォームしなおす事例があり、また住宅でも、早急にリフォームしすぎて洗浄、乾燥が不十分で臭いが消えない事例も見てきました。

くれぐれもご注意ください。

 

 

 

 

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2019.10.18

水害からの復旧~その3~洗浄の仕方

水害を受けた建物。

まずは泥まみれの家具を搬出。泥を袋に詰めて屋外へ出す。その後、洗浄。高圧コンプレッサーで、繰り返し洗浄。数日経過しこびりついた泥は、通常のホースをシャワーにした程度の水圧では到底落とすことはできない。ケルヒャーなどの高圧洗浄機で、繰り返し洗浄する。これが第一回目。取り合えずこの状態で消毒をする。

オスバンS。これはあまりきつくない消毒液で病院などでも手指の消毒などで使われるものだ。水害で使われるのは知れ渡っており、行政で配布されると思う。噴霧器も行政で貸し出すはずだ。希釈して使用する。注意してほしいのは必ず面倒でも、ゴーグルを着用して欲しい。何人かで作業している場合、誤って人にかかることもあるし、高所に噴霧していると自分にかかることもある。私の場合作業中に、他者が噴霧したオスバンSの直撃をくらい、ゴーグルをしていたにも関わらず、隙間から薬液が目を直撃した。直ぐに流水で洗い流し、眼科へ。大事には至らなかったが、その時にはその薬剤がどのくらい害があるのかもよくわからず、相当大騒ぎとなった。普通の人は薬剤の噴霧など慣れてはいないので、十分注意して行うようにしたい。

洗浄の後、乾かしてから薬剤噴霧が効果がある。乾いてないと薬剤が薄まるし、木材等の中に浸透しない。しかし、簡単に木材は乾燥しないから、多少濡れていても薬剤噴霧はしておくべき思う。ただしそれによってどれくらいの菌が死滅するかなど、研究など見つけることはできなかったので、こうしたらよいだろうという程度のことだろうと思う。オスバンSは人体にあまり害のない優しめの消毒薬だと思うが、その次に私はキッチンハイター、塩素系の薬剤で消毒をした。これは相当臭いがきついし、本当に人体にかかると有害だ。だから、使わないほうがいいという方もいる。しかし、みなさんお風呂のカビなどいくらこすっても落ちないものもこのキッチンハイターだと一発で落ちる。そして臭いもしばらくすると全くなくなる。だから、私はそれを採用し、キッチンハイターを柱や梁に降りかけて柔らかいたわしで擦り洗いすることを選択した。

問題はこれを何度繰り返すかだ。何回消毒すれば大丈夫かなんて誰もわからない。そして、これは時間との闘いだ。一か月も放置していると、本当にとんでもないカビだらけになります。洗いきれなかった部分のボードなどを後から撤去すると、その裏からとんでもない量のカビが発生している。結局私は、

高圧洗浄→オスバンS噴霧→キッチンハイターこすり洗い→乾燥(二週間~一か月)を5~6回繰り返した。

一度乾燥した木材をまた洗浄するのはどうかと思ったが、無垢の木は綺麗な水であれば結果としてそう痛まなかった。よって被災してから、半年以上洗浄と乾燥を繰り返した。そして最後の洗浄から二か月以上おいてからリフォームにかかった。現在結果がは良好で、臭いやカビは一切発生していない。

また、結局は外壁はどうすることもできないが、内部は柱と梁を残してすべて撤去した。断熱材、プラスターボード類は当然ながらすべて撤去。水に強い耐力壁の構造用合板も、結局は泥で変色して、もろくなっており、機能は低下しているのが明らかで、結局浸水した部分はすべて撤去した。

洗浄で一番苦労したのは、べた基礎の場合、コンクリートの立ち上がりのあるプール状態になるので、その洗浄水のくみ出しだ。それはポンプを色々と買ってきた試してみた。大方くみ出しは排水ポンプでうまくいったが、最後の数センチはポンプではくみ出せないから、ちり取りですくってバケツに移して運び出す。これは弊社のスタッフやボランティアの人の協力で行ったが、いったい延べどれくらいの人力がかかったか、とんでもない作業量である。でも、やるしかない。これが私が自然災害の被災はまさに近代社会における「強制労働」である、と言うのである。

また布基礎の建物の場合は、床下が土であるが、30センチは鋤取りをして、その上に綺麗な真砂土を入れ、この機にべたコンクリートを五センチくらい打っておくと完璧だ。

私の場合、会社をやっている関係で所有する多くの建物や車両、重機が水没したので、当初気が遠くなるほどの作業量と労働に打ちのめされそうになったが、被災ボランティアをやっている友人から、焦らず、

「今日できる分だけね」

と言われたのが、救いになった。「やった分だけは、進んでるから」、と言ってくれた人もいた。最後は人間はそのような人間の言葉や心遣いに励まされるのである。被災当初は毎日毎日復興の強制労働に加え、事業は事業で止めることは出来ない上、保険や罹災証明の取得、様々な役所手続きなど、今考えても、生涯のうちで一番の激務となってしまっていたと思う。

私は日建設計という激務の設計事務所で長く働き、独立してからも不眠不休で働いてきた時期があるが、それと比べても、ありえない量の労働と仕事量をこなしていくしかなかった。

自然災害は誰しも他人ごとではない。私もそれまでは他人ごとであったのであろうが、他人ごとだと思っていたことが自分に突然降りかかる。日本列島はもはやそういう場所になっているのではなかろうか。

 

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